新宿西口のイベント広場で行われていた「矯正展」で、革靴を買った。矯正展とは刑務所作業製品を展示販売するイベントなのだが、どうも矯正と聞くと『時計じかけのオレンジ』を思い出す。矯正とは「欠点を正す。正常な状態に変え正す」という意味だが、受刑者の社会復帰を促すのであれば「共生展」のほうがしっくりくるな、などと話がどんどん逸れていくので「正常な状態に」正そう。
なんだかたまたま新宿をふらふら歩いていたら矯正展に出くわし、何の気なしに覗いたらmade in JAPANの革靴(そりゃそうだ)が目にとまり、試しに履いてみたらなかなか良さそうだったので買ってみた、という話に聞こえるだろうが、実は違う。三交製靴の件依頼、SNS上で時々やりとりしている「Life Style Image」の鈴木さんのブログで千葉刑務所謹製のオーダー靴を見て、関心をもったからに他ならない。
ハンドソーン・ウエルテッドで48000円というのは破格らしいのだが、写真で見ても丁寧なつくりなのが分かる。とてもいい靴なのだろう。いわゆる刑務所作業製品は全国の刑務所でつくられているが、靴に関しては千葉刑務所が有名(?)で、このオーダー靴は特に人気で1年待ちだとか。しかし、私の普段の服装からすると、この靴はエレガント過ぎる。この靴のためにクラシコイタリアなスーツをオーダーするしかなさそうだが、私の日常にクラシコイタリアは溶け込まない。立ち飲み屋でもつ煮を食べていたら絡まれそうだし。
などと思いながらいろいろ調べてみると、千葉刑務所製の「オーダーではない既成の革靴」もあることがわかった。ちなみに「CAPIC刑務所作業製品展示ルーム」というものが東京では中野と府中の二カ所にあり、千葉や神戸の刑務所製の革靴も売っているようだ。やや不便な場所にあるので足を運ぶのに躊躇していたところ、CAPICのサイトのイベント情報で新宿西口で矯正展があることを知った、というのがことの次第だ。
個人のブログやSNSで画像を拾っていくと、ストレートチップが良さそうだということが分かった(画像は載せられないので各自検索されたし)。が、いずれにしても実物を見て、履いてみないことには分からない、ということで、新宿の矯正展の初日朝10時過ぎに駆けつけたのだった。マイサイズがあるうちに、と焦ったのだが、余裕で山積みにされていた。いわゆる革好き、靴好きからは相手にされないタイプのものだろうし、通りすがりの客は高齢者が多く、普段スーツは着ない年齢だろうからストレートチップよりウォーキングシューズやカンガルー革のスリッポンのほうが人気のようだった。「お父さん、ほらこの靴幅広で履きやすそうよ」「お、軽くていいね」かなんか言いながら老夫婦がウォーキングシューズを手にとっていた。
このストレートチップ、まずもって軽い。そして本体は牛革・豚革とのことだが、ガラスレザーなので表面がツヤツヤ・ツルツルしている。この時点で革靴好きはスルーなのかもしれないが、履いてみるとなかなか良い。4E幅で甲の部分がかなり高くなっているため、足長26cmの私は25.5cmでちょうどいい大きさだった。税込み6600円也。神戸刑務所製のストレートチップ(CAPICの通販で売られているもの)もあったので履いてみたが、足馴染みは千葉のほうが良かった(革質自体は神戸のほうが良さそうだったが)。
学生のローファーでおなじみのガラスレザーは手入れいらずといわれているが、一応クリームエッセンシャルをサッと塗っておくと良い、といわれているようなので、最初は教科書に従うことにする。さらに黒のクリームを少量乗せてみたが、これは必要あるのかないのかは不明。
履き下ろした日、小雨がパラついたが、レザーソール風・合成底(EVA)のおかげか、すべり知らず。雨を気にすることもなく、表面についた雨粒もサッと拭けば元通り。靴がつねにピカピカしているというのは何やらひとを誇らしい気持ちにさせる。
最近ふと思うのは、「日本の男はいつジェントルマンになるのだろう」という問題だ。10代の頃は30を過ぎたら立派なジェントルマンになっているものだとばかり思っていたが、とてもそんな気配はなく、周りを見渡しても50を過ぎてジェントルマンと呼ぶべきひとはまず見当たらない。デニムにスニーカー、ニットキャップをかぶったひとばかりだ。一体、いつひとはジェントルマンになるのだろう。ツイードのジャケットを粋に着こなすのは老人になってからなのか。ほとんどの日本の男はジェントルマンにならずに一生を終えていくのだろうか。そもそも何をもってジェントルマンと呼ぶのか。
そんな問題が頭を巡るのだが、スーツを日常的に着ない私のような人間も、ストレートチップにセンタークリースの入ったウールパンツを履いて気持ちだけでもジェントルマンに近づきたいではないか。刑務所製のガラスレザーでジェントルマンも何もないだろうと言われればそれまでだが、まあ気持ちの問題ですよ。ねえ?
もちろん三交製靴のラギッドシューズ、丸善マナスルシューズでも一向に構わないのだが、ピカピカのストレートチップを履くと、どこか背筋が伸びる気がするから不思議だ。これをつくった受刑者がどんな罪を犯したのかは知る由もない。犯罪者のつくった物には念が入っているから使わないほうがいい、などという酷い記事をネットで見かけたこともあり、むしろ私は堂々と刑務所製の靴を履いてどこへでも行こうと思う。最近、法曹界のひとに取材することが多いこともあって、タイミングとしてはちょうどいいような気もする。
で、千葉刑務所製ストレートチップはデニムにもコットンパンツにも合わないので、久しぶりにセンタークリースの入ったウールパンツを買った(写真で履いているのは丸善マナスルシューズだが)。コートはUniqlo U。カバンは、以前『フイナム』で見て気になっていたL.L.beanの銀座店1周年記念トート(ミディアム)。銀座店と吉祥寺店、通販でも買える。アウトドアなアイテムとしてではなく、モノトーンな服に合わせたい。初ビーントートだが、使い勝手が良く、サイズも完成されている。仕事でもヘビーローテーション。