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タイメックス・サファリとの再会


復刻ものが嫌いだ。いわゆる過去の名作・名品を蘇らせる商品はさまざまなジャンルで見受けられ、それがヒット商品であればあるほど話題になり、事実売れたりもするわけだが、たいていの場合それはオリジナルよりも見劣りする仕上がりで往時のファンをがっかりさせる。たとえば7080年代にヒットしたスニーカーが復刻されたとしても、昔と今とでは使える素材も稼働している工場も違うのだから似て非なるものにならざるを得ない。過去のアーカイブにインスパイアされた別ものと考えるのがまあ妥当だろう。


というプロダクトとしての性質もさることながら、まるで時間を巻き戻そうとするかのように、「かつてこれを愛用していた頃の自分」を取り戻したいという時間の不可逆性への挑戦のような態度もどうかと思う。「思い出は美しすぎて」(by八神純子)? いや、そもそもあの頃の自分がそんなに輝いてたわけでもないでしょ。過去の記憶とおのれを美化しすぎなんじゃないの?






などと思って生きてきたひねくれ者の前に、一本の時計復刻のニュースが。1990年代前半、大ヒットしたタイメックスのサファリが当時のディティールを忠実に再現し復刻されるというのだ。タイメックスのサファリ。私がこの時計を買ったのは945年あたりだと記憶しているから、20年以上前のことになる。何をきっかけに、どこで買ったのかは覚えていないが、『ポパイ』を愛読するシティボーイだったので誌面に載っているのを見て渋谷の東急ハンズ辺りで買ったのではなかったか。


気に入ってしばらく愛用していたはずだが、いつの間にかどこかで紛失してしまった。おそらく引越の際に誤って捨ててしまったのだと思うが、ということは既にその時、自分の腕にははめられておらず、別の時計に乗り換えていたのかもしれず、タイメックスのサファリは自分にとってその程度の愛着しかなかったといえばその通りなのだろう。しかし、「まだ使える時計を誤って捨ててしまった」という苦い記憶は、しばらく自分のなかに罪の意識として残留していたことは確かだ。2000年頃には、既に手許にはなかったと記憶している。それでも45年は使ったわけだし、そのまま捨てずに持っていたとしても、ベルトがダメになり使えなくなっていた可能性も高いのだが。


歳月というのは恐ろしいもので、「好きだったのに棄てた女」ことタイメックス・サファリにまつわる苦い思い出もすっかり忘却のかなたに消え失せていた2016年。事故で亡くなったと風の噂に聞いていたクラスメートのあのコが最先端の遺伝子技術で蘇り「ひさしぶり」とはにかみながら目の前に立っているかのように、タイメックス・サファリが突如としてリボーンしたのである!


今回の復刻の裏側については、既にさまざまな媒体で記事になっているのでそちらを参照していただきたいが、まあ話としては面白いし懐かしいと言って手に取るひともいるだろうし過去のヒストリーなど知らずに「なんかかわいい」と言って身に着けるひともいるのだろうなと思ったが、個人的には「買う/買わない」でいえば後者を選択するつもりだった。「だった」と過去形になっているのは、結論からいえばまんまと買ってしまったからなのだが、たまたま立ち寄ったビームスのディスプレイにこの時計を見つけ、「あ、もう出てるんだ」とぼんやり眺めていたら、どうにもそこから動けなくなってしまったのだ。その特徴的な編み込みのレザーベルトにからめとられるように、店員を呼ぶ自分がいた。


数十分後、立ち飲み屋でキリン一番搾りの新顔「東京づくり」の瓶を飲みながら、買ったばかりのサファリを腕にはめてみた。そういえば、子どもの頃から買ってもらったおもちゃを家まで待ち切れずレストランで開けていたな、などとどうでもいいことを思い出しながら、15年ぶりに腕に収まった時計をしばらく眺めた。はて、もう少し重量感があったような気がするし、ベゼルの色ももう少し濃かったし(※今回の復刻盤は初期のモデルに忠実のためベゼルの色が薄いのだとか)、なによりベルトのレザーはもっと厚く風合いがあったはずだ。いろいろなことを思いながら、それでも今この時計が自分の腕にあることに、不思議な安堵感を覚えるのも確かだった。この奇妙な愛着は、単なるノスタルジーからくるものなのか、それともこの時計が本来備えているモノとしての気配なのだろうか。いずれにしても、小振りなサイズの中に無駄に凝ったディティールが収まる様は、なにやらたいへん好ましい。



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誤って捨てた時計をふたたび買い直す。この行為にどのような意味があるのかは、正直わからない。わからないが、ひとつ間違いなく言えるのは、「あらためて見ると、この時計、すっげえかわいい」ということ。風合いに乏しいベルトには、靴用の茶のクリームを少しだけ塗ってみたところ、若干色に深みが出た。使ううちに色合いはさらに変化するだろう。



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ところで、タイメックス・サファリといえば「映画『74日に生まれて』でトム・クルーズがしていた時計」が枕詞になっているが、ベトナム戦争とそこから帰還した男の話なので時代考証的にオーケーなのかずっと疑問があった。確かに劇中でトムが腕にしているのは確認できるのだが、70年代前半に既にこのモデル(あるいはそのプロトタイプ的なもの)はあったのだろうか。どちらにしても、89年公開のオリバー・ストーン監督のこの映画によってサファリが日本で人気になったことは確からしい(『トップガン』でMA-1が流行ったことの延長だったのか?)


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サファリは米国では日本ほど大ヒットした商品というわけでもなく、25年経って復刻を望む声が上がることもなかったことを考えると、これはこれでガラパゴス的なアイテムなのかもしれない、ということも含めて、いびつで面白い時計だと思う。




by sakurais3 | 2016-06-12 13:27

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