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天才に勝つたったひとつのやり方----映画『バクマン。』を観て

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公開から1ヶ月が経とうとする111日、大根仁監督の『バクマン。』をようやく観ることができた。とても良かった、という感想以外に気の利いた言葉が浮かんでこないのだが、それは本作が深読みや裏の意図を探るタイプの映画ではないという理由にもよるのではないか。とにかく良かった、とひと言で終わらせても何ら問題はないのだと思う。


大根監督は、少年ジャンプという日本で最も売れている雑誌(マンガ誌だけでなくあらゆる雑誌の中でも)に連載された「ジャンプを舞台にしたマンガ」を映画化するにあたって、ジャンプのメイン読者である小中学生のど真ん中にストレートに届く球を投げなければ意味がない、と考えたはずだ。東宝で、全国区で公開する映画をつくるということは、ジャンプで連載することと同義なのだ。つまり、ヒットしなければ意味がないし、斜に構えたサブカル野郎たちにウケるだけじゃしょうがないのだ、と。したがって、子ども騙しとは違う意味で「いかに分かりやすくするか」は本作の重要な課題だったろう。


もちろん、キャベツ炒めやチューダーという『まんが道』のテラさんネタ、トキワ荘オージュなどもあるが、引用元が藤子不二雄なのでサブカルという訳ではないし、いかにも「ちょっと気の利いたコネタを入れてみました」という類の選民意識でもなく、物語やキャラクターの輪郭線を強調する要素であり、かつ必要最小限にとどめられている。『SLAM DANK』オマージュも王道だろう。



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原作の『バクマン。』に関しては、20091月にコミックスの第1巻が発売されてすぐに読み、以後何巻かまでは買っていたもののいつの間にかフェイドアウトしてしまった不甲斐ない読者なので、あまり大きなことは言えないのだが、これだけ情報量の多い原作を良くもまあここまでソリッドに組み立て直したなあと思う。友情物でありスポ根物でありバトル物でもあるというジャンプの王道的展開を見せながら、「仕事をすることのキツさとそれを乗り越えた時の達成感、そして挫折」という小中学生にとっては未体験の領域を生々しく眼前につきつけ、一種ヒーロー物として成立させてしまう手際。普段、自分たちが面白おかしく読んでいるマンガを生み出すためには裏でこんな戦いのドラマがあるのかと少年少女らは恐れおののくだろう。


しかし、それは決して悲観的な感情を呼ぶものではなく、「なんだかわからんけどボクもやったるぜー」と武者震いが起こるようなザワザワとした興奮を観る者に与えるのだ。とっくに少年ではなくなった者ですら、「仕事がんばるぞーっっっ!!!!うおーっっっ!!!!」と夜の町をむやみに走り出したくなるくらいだ。本作の主人公、真城最高の伯父にあたるマンガ家・川口たろう(宮藤官九郎が『ゲゲゲの女房』の水木しげるに続きマンガ家役を好演!前歯が汚い!)が、最高にマンガを描く宿命を背負わせたように、映画『バクマン。』は大根伯父さんが精神的な甥っ子(&姪っ子)たちに「何かを生み出すのってめっちゃしんどいけど、でも最高に楽しいんだよ」と言いながらバトンを渡すような作品ともいえる。サブカルだ引用だ深夜番長だといわれてきた大根監督が全国の小中学生に真っ向から球を投げている構造自体に何かグッとくるものがある。


マンガ家たちがワイルドバンチ歩きしながら編集部に乗り込んでくるシーンも、「やってるやってる」感はなく、観ていて素直にアガる。なんというか、全編を通して観る者を素直にしてしまうというか、斜に構えた姿勢で観ることを許さない芯の通り方をしているのだ。こういう映画に難癖をつけるひとの気持ちがよく分からないのは、自分がかつて「マンガ家になりたかった少年」だからかもしれない。


元・マンガ家になりたかった少年としては、終始涙目で観ていたことをここに告白しよう。あのシーンは本来もっとこうなるべき…とか、あの人物に最初にこういうフリを言わせておけば後半それがもっと活きる…とかなんとか、そういううがった見方をしたくなくなるのがこの映画の良さで、後からは何とでも言えるけど当事者たちの切実さというものはその場その瞬間でしか分からないことなのだという、まさに青春そのもののような映画なのだ。


映画エリートたちからは語るべきディティールに乏しいという理由によって低い評価を受ける可能性もあるのだが、「んなの知ったこっちゃねえ。面白いか面白くないかなんだよ」という、マンガという表現が本質的に持っている明快な哲学に貫かれた、昨今流行りの言葉で言えば反知性主義的映画だと言っていいのかもしれない。巧妙に張り巡らされた伏線を終盤いっきに回収…だの、この人物の動きは〇〇を暗喩しており…とか、ともすれば自分もそういう視点で映画を観てしまいがちだが、「ウンチクとかより食べて美味いか不味いかでしょ」と言っているのが『バクマン。』なのだ。しかし、それを成し得るためには周到な仕込みと試行錯誤と技が必要なことも我々は知っている。


思えば、2014年の春、深夜ドラマ『リバースエッジ 大川端探偵社』放送開始前に大根監督にインタビューすべく指定されて東宝の砧スタジオへ出向いた時、大根監督のいる部屋のドアに「BAKUMAN。大根組」と書かれていたのを目にし、まだ公式に発表される前だったので「え?大根監督、バクマン撮るのか!?」と驚いたものだ。確かこの時のインタビューでも、大根監督は「自分は天才でもなんでもないんで、才能のあるひとの力を借りて、それをどう束ねるのかが重要」というようなことを言っていたはずだが、そのスタンスは『バクマン。』でも顕著だ。


物語の構造自体、染谷将太演じる天才高校生マンガ家・新妻エイジと、天才ではないがマンガを描きたいという情熱を持つ最高&秋人の高校生マンガ家のバトルが主軸に置かれ、「天才を相手に非天才がどうやったら勝負に勝てるのか」が本作の肝になっている。その答えになるのが、まさにジャンプの「友情・努力・勝利」という青臭いテーゼなのだが、天然の天才に勝つには、頭をかきむしり汗まみれになって地べたを這い回り不眠不休で血尿出すまで必死でもがくしかない。そして、才能のある者の力を借りるチームプレイもまた重要になる。


ジャンプ連載のヒットマンガを映画化するにあたって、大根監督は、非天才として勝負に勝つためにはどうしたらいいのかを考え抜いたはずだ。だから、天才に戦いを挑む非天才である最高&秋人は大根監督自身でもあるし、自分はマンガが描ける訳ではないけれど才能のあるマンガ家を見出して勝負に挑むジャンプ編集者・服部(山田孝之)もまた大根監督自身なのだろう。普通に考えれば編集者の立ち位置はプロデューサーの川村元気のはずだが、どうやら大根監督のスタンスは最高&秋人であり編集者・服部でもあるようだ。と考えると、川村元気はリリー・フランキー演じる編集長か。


チームプレイに関しては、プロジェクションマッピングやモーショングラフィックスのチームと組んだシーンは本作でも重要なパートを担っている。本来、脳内と手先の運動のみで行うマンガを描くという作業を立体的に可視化するにあたり最新のVFXを駆使するというアイデアは、結果だけ見ればごく当たり前のような気もするが、これを思いつき、クオリティの高い映像に落とし込むことに成功した時点ですでに勝負に勝ったといえるかもしれない。


あるいは、「神は細部に宿る」を地でいく圧巻の緻密さを見せつけた美術スタッフの仕事ぶり。マンガ創作の狂気を描くためには、自分たちもその狂気に入り込まなければダメだと言わんばかりだ。そこには、マンガづくりへのシンパシーがある。ジャンプ編集部のカオスぶり、原作の数倍乱雑になっている主人公たちの仕事部屋からは、「きれいな部屋からは何の創造も生まれない」という声が聞こえてきそうだ。


もしこのお題が自分に振られたら…と考えることは、ジャンルはどうあれ何かをつくる仕事に関わる者にとってはごく当たり前のシミュレーションだが、仮に自分が『バクマン。』を映画化してほしいといわれたら、即答で断るだろう。大根監督も一度は断ったそうだが、そこを川村Pに「『マルサの女』のような職業映画で、『キッズリターン』のように終わる青春映画を」と口説かれて最後は首を縦に振ったのだという。「大好きな映画2本並べられて説得されたら断れない」というよなことを監督は語っていたが、これをもし他の監督が撮っていたらと思うと今さらながらゾッとする。


大根監督は与えられたお題を高次元でクリアし、これまで誰も観たことのないマンガ創作映画をつくり上げた。そのことを素直に賞賛すべきだが、本作をもって大根監督の最高傑作と言う気はない。その冠は、いつか倉本聰×高倉健の『駅STATION』のような映画を、あるいは山田太一×山崎努の『早春スケッチブック』のようなドラマを撮った時のためにとっておきたい。


余談だが、最高が川口たろうの『バックマン』のコミックスを見つける古本屋が、ウチの近所でよく本を売ったり買ったりで世話になっている「まつおか書房」だったのには驚いた。繁華街の路地裏にひっそりとあり、地元の人間でも知るひとぞ知る店だ。いいところに目を付けるなあ。ちなみに外で子どもが座り読みしている本棚は通常マンガではなく100均の文庫本が並んでいる。


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↓これが実際のまつおか書房。左端の棚の上に「まつおか書房が出演しています!バクマン。」と書かれている。


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by sakurais3 | 2015-11-04 17:12

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