女ごころと秋ドラマ


10月の新ドラマが出揃いつつある。前期は『ど根性ガエル』がずば抜けていたが(最終話だけはちょっと納得がいかない部分はあったものの)、今期はどうだろうか。


事前情報としては西尾維新原作、『図書館戦争』『空飛ぶ広報室』の野木亜紀子脚本でガッキー&岡田将生という『リーガルハイ』コンビによるミステリー『掟上今日子の備忘録』、映画『舟を編む』で映画賞を総なめにした石井裕也が脚本・監督を務め、オダギリジョー、尾野真千子、八千草薫など、深夜にも関わらず豪華キャストが揃う『おかしの家』あたりは間違いなく面白そうだ、というくらいで、あとは1話を見て判断しようと考えていた。


結果的に上記2作はかなり面白く見ている。『掟上』は、とにかくガッキーのキャラクター造形が最強なのだが、毎回犯人に仕立てられてしまうツイてない男・隠舘厄介の愛すべき情けなさに岡田将生の佇まいがハマり、京都アニメーションの『氷菓』あたりを思わせるマンガ・アニメ的演出でサクサクと謎解きを進める手際も楽しい。ディティール的な詰めの甘さもあるのだが、あまり細かいことを言ってもしょうがないタイプの話だ。日テレ土曜9時というファミリー層も視野に入れた時間帯にも関わらず、ヘンに子ども向けにしていないのもいい。



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『おかしの家』はまだ1話しか放送されていないが、いわゆる「映画っぽいことをテレビドラマでやっている」という感じでもなく、いい意味での緩さがあり、それが連ドラとしての引きになっているような気がする。脚本と演出がキレキレ、という感じではなく、ほころびがありそうなところがむしろ好感が持てる。石井裕也の映画は『舟を編む』しか観ていないが、むしろこういう緩さが持ち味なのだろうか。


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五郎=勝地涼が出ていることもあって、「ピョン吉のいないど根性ガエル」的なコミュニティー(中学の同級生が大人になってもまだつるんでるユートピア感)があり、シングルマザーになって地元に戻ってくる尾野真千子はさしずめ京子ちゃんだ。


1話では、両親を亡くし、祖父母に育てられた太郎(オダギリ)が、子どもの頃、部屋の柱時計のカチカチという音をひどく怖がったというエピソードが挿入される。これは、刻々と時間が経過していくことへの恐れであり、そこにいたひとが突然いなくなってしまうことへの恐れの象徴なのだ。本来時間は目に見えないが、柱時計の音は時間の経過を毎秒ごとに音で通達し、現実をいやがうえにも目の前に突きつける。だから怖いのだ。


太郎は、無慈悲に過ぎていってしまう時間に対して、中学時代の友だちとウダウダとつるむことで無駄な抵抗をしようとしているように見える。枕元の時計はデジタルに変わり、時間の経過を音で通達されることもなくなり、時は一見止まっているかのように思えるが、それでも時間は刻々と過ぎている。


1話のラスト、太郎が礼子(尾野)に小さな箱をプレゼントする。「これ、やるよ。おまえの息子…春馬に」「何これ?」と礼子は首をひねるが、見ているほうは「中身はきっと時計なのだろう」と思いつつ、それを画で見せたらダサいぞと心配する訳だが、さすがにそんな下手なことはしなかった。「音が出ないやつだから怖くない。俺の気休めだから、いらなかったら捨ててくれ」などとモゴモゴつぶやく太郎の後姿を礼子が足早に追う様をカメラが引きで捉える。場所は橋の上だ。「男女が一緒に橋を渡ると親密な関係性が生まれる」という映像のセオリーに忠実な、なかなか素敵な初回のエンディングではないか。エンディング曲もタイアップで物語と無関係の曲を使うのではなく、RCの「空がまた暗くなる」なのもバッチリ。







もちろん、かなり前からの波瑠推しとしては、朝ドラ『あさが来た」も初回から面白く見ている。



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大同生命の礎を築き、日本初の女子大・ポン女を創設した豪傑・広岡浅子の生涯を描くが、同時代を描いた中園ミホ脚本の『花子とアン』にはいまひとつ乗れなかったものの、大森美香脚本の本作は各人物の描き分けの塩梅が的確でスムーズに物語に乗れる(中園は、どうも自分に興味のない人物をちゃんと描かない傾向が)。


朝ドラ視聴者にとっては無名に近いだろう波瑠も溌剌と頑張っているが、のらりくらりと物事をかわしながら、しかしひとへの優しさがある、あさの夫・新次郎を演じる玉木宏がいい。いわゆるマッチョ思想とは真逆のキャラクターなので、江戸・明治期にはダメ男のレッテルを貼られるタイプだろうが、今の視聴者にとってはむしろ素敵に映るのではないか。むやみに偉そうにせず、でも芯にはやさしさがある男というのは結構求められているような気がする。「わて、面(めん)だけはよろしおますから」と無邪気に言ってのける態度も憎めない。朝ドラでいえば『ゲゲゲの女房』や『マッサン』も(あるいは『天皇の料理番』にしても)「黙って俺についてこい」なマッチョ夫だったことを思うと、新次郎の柳腰のアティテュードは実に新鮮だ。


見なくても分かる(という言い方は作り手に失礼だが)『下町ロケット』は初回が2時間なのでいまだに見れていない(まさに今再放送中のようなのだが)。今日放送の2話も15分拡大らしいが、スポンサーを集めやすいドラマとはいえ、見るほうはなかなか時間がとれず困る。しかし、初回視聴率は16.2%だから、今期のドラマではずば抜けて数字がいいんだよなあ(トップは安定の『相棒』だが)。


他に、1話を見てなかなかと思い2話以降も継続しているのは月9『5→9 私に恋したお坊さん』と『偽装の夫婦』か。『5→9』の脚本は、佐藤健・渡部篤郎の親子刑事もの『ビターブラッド』の小山正太。『ビターブラッド』は、バブル世代の気障な親父とそれに反目する若い息子という設定が面白く、あまり話題にならなかったものの楽しく見ていた。小山は『すべてがFになる』(ドラマ版)も手掛けているが、こちらは原作ファンとしては配役の乖離具合と演出のチープさに途中で離脱したので評価はできず。


『5→9』は、潤子(石原さとみ)と高峰(山下智久)のくだりは今のところ面白く見ているものの、英会話教室の恋愛模様がまるで面白くなりそうもないのが難点。無駄に中村アンや紗栄子がいたりするのだが、今のところほぼ機能していない。石原さとみはイーオン仕込みの(?)英会話教師という「アメ~リカ~ン」な役どころで、山Pのいる純和風な寺の世界との対比が結構面白い。1話で法事の際に高峰が潤子に灰をぶちまけられ、「ああ、これは逆シンデレラ(灰かぶり姫)なのか」と気づいた瞬間から見続ける決意をしたのだったが、1話で潤子が踵をダメにしたハイヒールの代わりに2話で高峰が新しいハイヒール(ジミーチュウ)を買って履かせるくだりがあり、ここでは正統シンデレラをやっていたりするので、やはり王子はこの坊さん・高峰なのか。坊主ミーツ・ガールの物語、もう少し見守ろうと思う。


『偽装の夫婦』は、前期『〇〇妻』がどうにもな出来だった遊川和彦脚本・大平太Pのコンビだが、ここに天海祐希が加わり『女王の教室』トライアングルが生まれ、40%超えのモンスタードラマ『家政婦のミタ』(大平P)の夢よ再びの意気込みや如何に、といった様相。『〇〇妻』で靴下すら嫁に脱がせるヒガシのマッチョ夫ぶりに失笑した者としては、ゲイなのを隠して元カノと偽装結婚する男(沢村一樹)という設定はなかなか面白そうだと思ったものの(芸能人夫婦とかに実際にいそう)、今のところ非マッチョ夫を造形するために男がゲイ設定になっているだけのような気がしないでもなく、やや中途半端というか、蓋を開けたら普通の嫁姑ドラマになってしまっているのが惜しい。設定が目新しいだけで、ノープランで突き進むいつもの遊川劇場なのだろうか。遊川劇場の観客として見れば十分面白いのだけれど。




ブログを書きながら、なんとなくこれを聴いていた。たかをくくろうか。作詞・谷川俊太郎、作曲・坂本龍一、歌・ビートたけし





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by sakurais3 | 2015-10-25 14:44

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