Act of the Apostleとしての『God Help the Girl』


もし今、雑誌『オリーブ』があったなら、おそらく大々的に採り上げられていたことだろう。何の話かといえば、ベル・アンド・セバスチャンのスチュアート・マードックが初監督した映画『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』の事である。僕が今10代だったなら、本作をフィーチャーした『オリーブ』のグラビアページのカラーコピーをバスクベレー被ったガールフレンドにもらいたい。



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8月から新宿でかかっているのは知っていたのだが、9月に入り徒歩で行ける映画館にて上映することを知り、それまで待っていたのだ。12回、2週間限定でのひっそりとした上映。昨日、たまたま取材がドタキャンとなり、しかも火曜日のメンズデイは1000円、これ幸いと雨の中を水たまり蹴飛ばしながらいそいそと出かけた。




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平日ということもあり、客は自分も入れて3名。2名の客は後方に座っているため、ど真ん中の席に座った僕の前方には誰もいない。小さめの試写室を貸切しているようなすばらしい環境。


青春という季節は、その渦中にいる者にとっては必ずしも楽しく煌めいたものではなく、まだ自分が何者でもない苦しさややるせなさがあり、時が経ち、過去を振り返る頃になって、ようやくそのかけがえのなさの意味や輪郭が見えてくるものだ。しかし、その渦中にいる間にしか湧き起こらない感情や感覚というものもあり、すぐれたポップミュージックというものの多くはそこから生まれたりもする。


たとえば、劇中でイヴ(エミリー・ブラウニング)とジェームズ(イヤーズ&イヤーズのオリー・アレクサンダー)がキャシー(ハンナ・マリー)に曲づくりを教えるシーン。ジェームズたちがキャシーに「今日あったことを何でもいいから教えて」と言い、キャシーが「えーと、寝坊したから朝食を食べ損ねたけど洗い物は手伝わされて、それから犬の散歩に行って…」などと答えるなんでもない日常の光景が、あるコードと旋律の上に乗るとたちまちポップミュージックに昇華する魔法。ありきたりの日常を魅惑的な景色にスイッチし、ありきたりをとびきりに変換する。それがポップミュージックなのだ。


この映画は、常にスカッと晴れわたることのないスコットランド・グラスゴーの空模様と同様のもやもやとした青春期の心情と、それがゆえに珠玉のポップミュージックが生まれ落ちる瞬間を鮮やかに切り取っている。とびきり可愛く、とびきり切ないエミリー・ブラウニングの表情や体躯、スタイリング、歌声は、日本人から見れば渋谷系を全身で体現しているようにも映り、それは90年代のある気分を共有している人間にとってはたまらない郷愁となる。



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リチャード・レスターの『ナック』『ハード・デイズ・ナイト』、ゴダールの『はなればなれに』『女は女である』、果てはロバート・ワイズの『サウンド・オブ・ミュージック』等々、6070年代映画のさまざまな記憶がちりばめられながらも、そうした背景を何も知らず、それでいて趣味の良い17歳の女子が今これを観たら「これは私のための映画だ」と夢中になってしまう聖典にもなり得る。単なる回顧趣味や自家中毒的センス披露に溺れることのない風通しの良さが心地良いのだ。すぐれた青春映画であり、繰り返し針を落としたくなるレコードのような、あるいはオートリバースで何度も再生したくなるカセットテープのような、すぐれた1枚のアルバムみたいな映画だと思う。


映画を観終り、グラスゴーを思わせる雨空の下を歩いていたら(嘘。行ったことない)、学校をサボって映画館に逃げ込んだ10代の頃のすえた気分を少しだけ思い出した。多分にセンチメンタルではあるが、そんな気分にさせる映画でもある。









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by sakurais3 | 2015-09-10 00:35

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