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5.20 三交製靴よ永遠に


2015年5月20日、90余年の歴史をもつ浅草の老舗靴メーカー・三交製靴が営業を終了する。すわなち今日、である。



今年に入り購入した三足は、「三交製靴の三兄弟」として仲よく並べようと、最近棚の板の間隔を調整した。

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真ん中の黒のプレーンが最初に購入したもので、右隣がまったく同じ形で色違いの茶である。黒が兄で茶が弟だと思っていたら、死んだと聞かされていた長男が実は生きていてある日突然2人の前に姿を現し…というような展開で左端の「丸善のマナスルシューズ」のデッドストックがこれに加わった。それぞれ革質が微妙に異なり、履き具合も微妙に異なるのだが、こうして並べてみると、「まあアゴのあたりなんかそっくり。やっぱり兄弟ね」とかなんとか親戚のおばちゃんに言われるであろう顔つき。木型が一緒なのだから当然なのだが。


本日で営業終了(会社のHPの言葉を借りれば『廃業』)とはいえ、何か盛大にイベントが開催されるとか、ヤフーニュースのトピックになるとか、NHKの首都圏ニュースで取り上げられるとか、そういうことはない(と思う)。店舗ではなく会社兼工房なので別れを惜しむファンがどっと押し寄せ行列が…ということもない(はず)。

東浅草の小さな会社は、長く掲げてきた看板を、ただ静かに降ろすだけだろう。そして、会社のHPがひっそりと閉鎖される。動きとしては、ただそれだけのことなのかもしれない。商品を取り扱っていた楽天では、既に該当ページはなくなってる。しかし、購入者のコメントはまだ残っている。それほど多いわけではないが、いずれもが靴そのものと三交製靴の丁寧な対応(商品とともに同封される手書きのメッセージなど)を高く評価していることが分かる。


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↓こちらは25年前、入社祝いに父親からプレゼントされ、最初はゴツくて重いと思ったものの、25年履き続けているという40代の男性。「とにかく歩くことが多いので色々な靴を試しますが、こんなに驚異的にもっているのはこれだけ(笑)」と書いてある。


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一つずつ読んでいくとなかなか興味深いのだが、なかでも、「靴好きなら所有すべき靴」のタイトルで投稿している40代の男性は、15年近くプレーン3種を愛用し続けていたものの、丸善での取り扱い終了とともに靴自体つくられなくなったと思い込んでいたらしい(こういうひとが多いのではないか)。



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何かのきっかけで楽天で取り扱っていることを知り、別注扱いで「のせモカ+型押し革」と「のせモカ+ペッカリー革」を新たにオーダーしたと記している。なるほど、そういう注文の仕方もあったのかと驚くとともに、その写真をぜひ見てみたいという欲求にかられるのだが、検索しても、どうもそれらしいものには行き当たらない。

楽天を利用しているくらいだから普段からネットは使っているのだろうが、特にブログやSNSで情報発信しているわけではないのかもしれない。そりゃそうだ。すべてのネットユーザーが全員みずから情報発信しているわけではないだろう。ツイッターやブログは閲覧するだけというひとだって世の中には多いはずだ。

三交製靴の靴は、日本の男たちの日常を支える実用品として長年愛用されてきた。どこぞの有名ブランドとコラボしたり、カリスマ経営者やカリスマ靴職人が前面に出て持論を披露するような派手な展開はなかった。タレントが「私も愛用しています」などと言ってメディアで宣伝するようなこともなかったはずだ。「丸善の靴」という一種のステイタスの影で、職人たちは黒子的な存在としてみずからの技を靴に込め、「三交製靴のラギッドシューズ」となってからも、アノニマスな実用靴の立ち位置は変わることがなかったのだと思う。

90年以上の歴史に幕引きをすることになっても、最後に何か盛大な花火を打ち上げるということもないし、そういう幕引きはむしろ似合わないと勝手に考える。丸善での販売が終了した時点で一度営業を終了したといってもいいはずだが、長年の愛用者からのリクエストによって「まあ、職人さんが元気なうちはなんとか続けましょうか」という感じだったのだろうと想像する。

だから、必要以上にセンチメンタルになることはない。というか、そもそも90余年の歴史に対して、自分はたかだかその最後の数ヵ月しか知らないのだから、何も大きなことは言えない(もっとも、「丸善のマナスルシューズ」の切り抜きを保存した時点からカウントすれば二十数年経つわけだが)。

この靴がきっかけで、以前にも触れたブログ「Life Style Image」の鈴木さんとはツイッターなどで何度かやりとりさせてもらった。「丸善 マナスルシューズ」で検索した際、三交製靴のHPとともに鈴木さんがこの靴について熱心に書かれているブログに行き当たらなければ、わざわざ浅草まで出向いて購入するまでには至らなかったかもしれない。これを機に鈴木さんが三交製靴を知るきっかけになった方のブログなど、直接やりとりはしていないものの、鈴木さん経由で知った何人かの方のブログも時々チェックするようになった。なんとなく、三交製靴の靴を通してネット上でゆるやかな連帯のようなものが生まれたような気もする。

ブログ「青春ゾンビ」のhikoさんは「丸善の文化の香り『檸檬爆弾ケーキ』と『マナスルシューズ』」という記事のなかで、僕のブログを読んで三交製靴の靴を買ったと記してくれている。

もっとも、こうした「丁寧につくられた、履きやすく頑丈で実用的な革靴」に反応するようなひとは、世の中の流行やトレンドに振り回されるようなことはなく、独自の価値観でものを選ぶ目をもった分別のあるオトナだろうから(自分もそこに入っていると思うほど自惚れてはいないものの)、あまり徒党を組んで盛り上がるような、いわゆる「祭」のようなことにはならない。なんとなく、声に出さずに「うむ」と頷くくらいのリアクションなのだろう。

ところが、検索をしていたら、なかには「この靴をいろんな人がブログで絶賛しまくっているので鼻白んだ」と書いているひともいた。こちらも今年に入ってから頻繁にブログやツイッターで触れているので「悪うござんしたね」という感じだが、そのひとも実際に買って履いてみたところ、その履き心地に驚き、「なぜ今まで履かなかったのか」と後悔したという。ひとが絶賛しているとすぐに「ケッ」と思う体質のひとは必ずいる。で、やっぱり損をする。


これからも僕は三足の三交製靴の靴を履きつづける。そのうち、擦り減ったソールの交換が必要なタイミングもあるだろうが、特筆すべきことがない限り、この靴について何かを書くことはなくなるのかもしれない。同じ靴について繰り返し書かれても(既に何度も書いている)、読むほうだってさすがにうんざりだろう。

まあ、その辺は、有料媒体でもないので、書きたくなったら書きます、ということにしておこう。

そして最後に、三交製靴さん、本当に今までお疲れさまでした。長い歴史の最後の最後に、この名靴に出会えて本当に良かった。


最近、NHKで放送されていたドラマ『64・ロクヨン』(横山秀夫原作)は、昭和最後の年・64年に起きた事件が現在とリンクする話でたいへん見応えがあったのだが、劇中では階段が組織の上下間の階層の象徴として、また電話が昭和と平成、過去と現在の時間を結ぶ重要なアイテムとして機能していた。僕にとって三交製靴の靴もまた、昭和と平成、過去と現在の時間を結ぶツールだったのではないだろうか。

三交製靴は今日、営業を終了いたしますが、我が三交製靴は永久に不滅です!とシゲオ・ナガシマばりにマイクで叫ぶようなことは、しない。

ただ、そっとつぶやく。Sanko Shoe, Forever. 僕たちは忘れない。



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グレンチェックのリーバイス505と三交製靴のラギッドシューズ(黒)。

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スキニーデニムと三交製靴のラギッドシューズ(茶)。

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by sakurais3 | 2015-05-20 16:12

ライター・さくらい伸のバッド・チューニングな日々  Twitter saku03_(さくらい伸)


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