さよならは突然に---ラギッドシューズの三交製靴が営業終了へ

いつかはその日がやってくる。遠からぬうちに。そう思いなんとなくの覚悟はしていたのだけれど、いざそれが現実のものとして眼前に突きつけられると、やはり動揺を隠せない。

何の話かといえば、先日来ブログやツイッターで繰り返し触れているラギッドシューズをつくる三交製靴が営業を終了するというのだ。ついにその日が来てしまった。「いつまでもあると思うな三交製靴」などと半分ふざけて、半分本気で思っていたのだが、思いのほかその日が早く来てしまったことに戸惑っている。

そのことを、僕のブログの記事もたびたびブログで採り上げてくれている鈴木章史さんのツイートで先ほど知り愕然としている。

※鈴木さんのブログ「Life Style Image」
「三交製靴」のカテゴリーに関連記事あり。

などと書いてはいるものの、僕はラギッドシューズに関しては全くの新参者である。グラフィックデザイナー・奥村靫正氏が愛用している靴として「丸善のマナスルシューズ」を紹介していた数十年前の雑誌の切り抜きをたまたま「発掘」したのが今年の1月の末。ネットで検索すると、丸善のマナスルシューズはラギッドシューズと名を変え、製造元である浅草の三交製靴で今もつくり続けていることが分かった。何か漠然と「今買っておかなければいけないような気がして」会社を訪ね、黒のプレーンタイプ(奥村氏が紹介していたのと同様のもの)を購入したのが2月17日。つまり、履きはじめてまだ1ヶ月あまりしか経っていない。

購入直後のラギッドシューズ。クリームを塗る前は、若干ツルツル、テカテカした印象。

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1ヶ月履いたラギッドシューズ。クリームが浸透するとテカりが抑え気味になり、履き皺とともに味わいが増してくる。最近は暖かくなってきたので裾をロールアップした細身のホワイトデニムに合せることが多い。

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三交製靴の創業から90余年、丸善で取り扱い始めたのが50年以上前。9割を手縫いでつくる革靴は履きやすく丈夫で、ビブラムに似たゴム製のソールは雨の日でも滑りにくく、「ここの靴しか履かない、履けない」という愛用者が全国に大勢いる。

たとえば、日本酒「手取川」(僕もここの純米を愛飲している)をつくる石川県・吉田酒造の吉田社長も、20年来の愛用者だと自身のブログに書いている。

「酒蔵日記」

数年前に丸善での取り扱いは終了し、今は高齢の職人さん1名が長年の愛用者から依頼される追加の注文や修理に対応するというのが基本的なスタイル。どこかのショップに卸している訳ではなく、ファッション誌などで採り上げられることもないため(丸善時代は『サライ』などで名品として紹介されていたそうだが)、基本的には丸善時代からの愛用者のみが存在を知り、その顧客対応のために細々と営業を続けてきたと言ってよいのだろう。

ところが、前述の鈴木さんをはじめ、国内外問わずさまざまな高級靴を履きまくってきたような靴マニアのひとたちが、三交製靴の靴に注目し始めた。あたかも、海外の高級ブランドの時計を買い続けてきたひとが最後にセイコーの自動巻きに辿り着くような、イタリアやイギリスの高級スーツにハマっていたひとが日本の職人テーラーに行き着くような、そんな心情に近いものなのかもしれない。

しかしそれは、誰もが知る高級ブランドを追い求めた挙句、誰も知らないであろうマイナーなものに着目してほくそ笑むようなスノビズムとは異なるだろうことは、何より三交製靴のつくる靴の現物を見て、手にし、履いてみれば分かる。靴マニアでも何でもない自分のような人間でも、その真面目で丁寧なつくりは即理解できる。時代に媚びるような軽薄さの一切ないデザイン。履いた瞬間に「マイ・スタンダード」と呼びたくなるような愛着が生まれる不思議。

浅草にある三交製靴を訪ねた時、昭和には当たり前のようにそこかしこに在ったはずの職人の仕事場の佇まいに魅せられた。雑然としているようで、仕事がしやすいように長年のうちにレイアウトが固定されていったのではないかというような機能性が感じられる。たとえネット通販で購入していたとしても、そのつくりの確かさに納得していたと思うが、やはり実際につくっている現場を見ているのといないのとでは印象も異なるのではないだろうか。言ってみれば、陶芸家の工房に出向き、焼き物がつくられている現場を目で見て、選び買って帰るような感覚に近いのかもしれない。愛着は、より深まる。

検索をすると、さまざまなひとがこの靴への愛着を綴っていることが分かる。なぜ僕たちはこの靴のことを繰り返し語りたくなるのだろう。しかし、丸善時代からの愛用者の多くは既に高齢になっているはずで、ブログもSNSも利用していない可能性が高い。したがって、当たり前のように日々履き続け、ソールが擦り減ったらその都度修理して20年、30年と愛用し続けているひとたちの声を知る機会は実は少ないのではないか。しかし、そうした声なき声に支えられ続けているのが本来のロングセラー品であり、日常靴のあり方であり、正しくスタンダードと呼ぶべきものなのかもしれない。

新参者がこうしてブログでやいのやいの書きたてることがはたして良いことなのかどうか、正直なところ分からない。まあ、このブログにそれほどの影響力はないと思うが、たとえば高級メンズファッション誌『メンズ・プレシャス』のファッション・ディレクター山下英介氏のブログで最近ラギッドシューズが採り上げられている。これをきっかけに関心を持つひとが増え、注文が突然増えて職人さんが対応しきれないなんてことにならなければいいが、などと思ったりもした(余計な心配)。もちろん、このたびの営業終了はもっと前から決っていたことなのかもしれないし、「諸般の事情」の詳細は分からないのだが。


そういえば、最近雑誌を見ていて、フランスのパラブーツが映画監督の名を冠したシリーズの靴を発売していることを知った。


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チャッカがフェリーニ、ストレートチップがゴダール、そしてプレーントゥがミヤザキ。この記事にはミヤザキとしか書かれていないのだが、もちろんこれはハヤオ・ミヤザキのことだ。なぜ今ここでこの話題に触れるのかというと、このミヤザキの佇まいが、どこかラギッドシューズのプレーンタイプを彷彿とさせるからだ(価格はパラブーツの半分だが)。パラブーツがミヤザキなら、ラギッドシューズはさしずめクロサワだろうか。実際、黒澤明の『天国と地獄』辺りに出てくる刑事が履いていてもおかしくなさそうな靴だと思う。あるいは松本清張ものに出てくる新聞記者とか。


いずれにしても、靴の注文はあと1ヶ月で終了する。ものによってはもう少し早く終了する可能性もあるらしい。自分はすべりこみのようにして、それでもギリギリのタイミングでこの靴に出会うことができて本当に良かったと思う。きちんと手をかけてあげれば、ちゃんとそれに応えてくれる靴。でも、それほど神経質になることもない。ごく普通に手入れをしてあげればそれでいいという安心感がある。雨の日でもガンガン履ける。

先日、黒のプレーンタイプを購入して1ヶ月経とうとするタイミングで、色違いの茶のプレーンタイプを追加で注文した。今、その仕上がりを楽しみに待っているところなのだが、本当に頼んでおいて良かった。

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欲を言えばあと一足、という気もするが、最もスタンダードなプレーンタイプの黒と茶を一足ずつというのもシンプルでいいか、とも思う。














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by sakurais3 | 2015-03-24 00:04

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