知ることと知らないでいること

角ハイボールが小雪~菅野美穂ときて、井川遥に。いままででいちばん好きかも。

 

 

 

 

ゆうべ(というか今朝か)のラジオ深夜便「明日へのことば」のコーナーで左官職人の挟土(はさど)秀平のインタビューを放送していた。確か、以前に放送していたものの再放送だと記憶しているが、その話は二度聞いても滅法面白く、明け方にベッドのなかで耳をそばだてる。

 

挟土秀平についてはさまざまなメディアで紹介されているのを目にしたひとも多いだろう。かつてNHK「プロフェッショナル」でも採り上げられたことがある。

 

YouTubeを探したが、残念ながらこの深夜便に匹敵する話術を捉えたものがない。いちおうこれを貼っておくが、深夜便でのトークはこんなものではなかったということは付け加えておきたい。

 

  

 

     


「自分はものを知らない。38歳まで宮澤賢治も知らなかった」という挟土は、賢治の「修羅と春」を読み、「自分のことが書かれている」と感動したという。「おまえ、そんなことも知らないのとよく言われるんだけど、ものをつくるためには自分は真っ白なほうがいい。日々そうやってつくっていて、あるときふと何かに出会うから感動が大きい」というようなことをしゃべっていた。

 

矢沢永吉の大ファンだという挟土の口調はどこか矢沢のそれを思わせるが、『北の国から』の草太にいちゃん(岩城晃一)風でもある。

 

ネットの普及、とりわけSNSの浸透は、「知らないでいること」を許さない傾向がある。さまざまな事象が、嫌でも目にとびこんでくるしくみになっている。そして、それらに目をつぶることは難しい。

 

しかし、情報や知識が増えることと、それを得たひとに「何ができるのか」は、実は直接的には結びつかない。

 

情報や知識が単に量的に蓄積されていくことと、「賢くなること」とは本来あまり関係がないのだが、ともすれば情報や知識の量イコール自分は賢いと勘違いするひとを増加させる傾向にあるのは事実だろう。

 

 結局は誰かの受け売りに過ぎない情報や知識を少し得たくらいでひとを小馬鹿にしたり簡単に何かを貶して平気な顔をしている人間にはなりたくないと思う。

 

仕事柄、さまざまな著名人や「すごいひと」に会う機会は多いが、彼ら彼女らに共通するのは、「へんに威張らない」ということだ。

 

ほんとうにすごいひとは、自分をことさらに大きく見せようとはしないものだし、情報や知識を得たことで偉くなった気になってひとを小馬鹿にしたりはしないということがよくわかる。彼らの軸になっているのは、情報や知識ではなく、経験的身体的に会得した何がしかの力だろう。もちろんその一部に、情報や知識がある。

 

 

何を書いているのかよくわからなくなってきたが(いや、書いている本人はわかっているのだが)、挟土秀平のことばを聞いていて、ああこういうふうに仕事ができたらいいよなと思ったのだった。

 

壁を塗ることと、ことばを紡ぐことは、たぶんちょっと似ている。

 

 

 

 

 

 

 


 

 



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by sakurais3 | 2014-01-30 13:14

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