ゼロ年代のスーベニール----『RELAX BOY』を読んで


RELAX BOY IS BACK

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あの「リラックス・ボーイ」が帰ってきた。


特典付きを見つけたら即GETだ!(『Boon』用語)などと思っていたら版元から献本されてしまった。申し訳ないので、きちんと感想を書きます。長いです。覚悟してください。


「リラックス・ボーイって何?」なんていうひとはこのブログを読んでいるはずがないと仮定して話をとっとと進めよう。



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とは言うものの、話はかれこれ10年以上も前に遡るため、ある程度アウトラインの説明が必要かもしれない。なにしろ今22歳のひとは当時まだ小学生だ。


今は無き『リラックス』(マガジンハウス)という雑誌がありまして…という話からする必要があるのかどうかはよう分からんが、たとえば『太陽』『O3』『ノーサイド』『TITLE』等、休刊してずいぶん時間が経つにも関わらず語り草になっている雑誌というものが世の中にはあるが、『リラックス』もまたそうした一冊だった。


創刊当初はタイトル通り、森林浴やらヨガやらをフィーチャーした、マガジンハウスでいえば『ターザン』の兄弟誌のような立ち位置の雑誌だったが、途中から時計やジーンズ、靴といった男好きするモノカタログ的誌面へと移行していった。時あたかもスニーカーブームであり、オトナがフィギュアを買い集めるムーブメントが広がり始めた頃。自分はこの段階でほぼ毎号買っていたのだが、『ターザン』『ブルータス』で数々の名企画を担当していた編集者・岡本仁氏が『リラックス』へ異動になったのが98年。突如、誌面のテイストが変わったことを鮮明に覚えている。


岡本版『リラックス』第1号にあたる988月号の告知フリーペーパーは当時のスクラップブックにしっかり貼り付けてあった(迷彩特集で小山田圭吾とNIGOが双子のように写っていて、松浦弥太郎が軽~いタッチでサセックスについてのコラムを書いている)。


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その岡本リラックスは99年に一度休刊になったものの、2000年にめでたく復活。その辺りの経緯は『東京の編集』(編・著/菅付雅信)に詳しい。で、その復活した『リラックス』の発売告知として、当時編集部に在籍していた渋谷直角が描いたのが「リラックス・ボーイ」なのだ。つまり、マンガのスタイルをとった広告だったのだ。


そして、「リラックスライブラリー」という雑誌から派生した別冊のような書籍シリーズがあり、その一冊として「リラックス・ボーイ」も限定部数で発行されたが、タワレコ等、一部の店舗にしか置かれなかったため、今となっては幻となっている。


今回、その「リラックスライブラリー」版「リラックス・ボーイ」と、広告として描かれた連載形式のマンガをコンプリートする、というのがこの本の趣旨だ(ああ、前フリが長い)。


編集担当のOさんとは10年来のつきあいで、某マンガ誌のインタビューページをある時期がっつり組み、永井豪、高橋留美子、藤子不二雄Aなどの巨匠マンガ家から映画監督の山下敦弘まで、さまざまな人にインタビューさせてもらったのだが、そういえば「リラックスボーイ、復刻したいんすよねー」と語るのを酒を飲みながら聞いたことがあった。今回のタイミングとしては、渋谷直角の『カフェでよくかかってるJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』のヒットの波に乗るような形にはなっているが、Oさんのなかでは長年温めていた企画だったのだ。


とはいえ、これはなかなかトリッキーな企画でもあったろう。限定部数で発行されたほぼインディーズブックのような書籍と99年から2004年まで変則的に発表された広告マンガを併せて一冊にするのだから。雑誌『リラックス』に熱狂的なファンがいることは知っているし(自分もその一人)、今も本棚の目立つ場所に保管している人がいることは想像できるが(自分もその一人)、前出『東京の編集』の中で岡本氏が「『リラックス』は数字としては会社に貢献できなかった」と語っているくらいなので、はたして今復刻したとして、どのくらいの人が反応するのかは読めないところがある。


というわけで、「いろいろ意見を聞かせてください」ということで、編集Oさんと中野のいわし料理屋で飲むことになったのが10月だったろうか。一緒に編集を担当するKさんもそこで紹介され、いわしの刺身をうまいうまいとおかわりしながら、考え付くままにあれこれ話をした。


ようするに、今これを出すことの意味みたいなものを明確にする必要がある、ということ。そのためには、当時のエピソードや元ネタを解説するコメンタリー的要素を、たとえば別冊付録のような形でまとめるとか、その後のエピソードをあらたに描き下ろしてもらうとか、そうした仕掛けが必要なんじゃないか、ということを3人で話したはずだ。ひょっとすると描き下ろしの話はすでに決まっていたのか、この辺は記憶が曖昧だが、いずれにしてもそんなような話をしていたのだが、手にした現物は想像を超えていた。


なにしろ別刷りカバーは佐内正史撮影、伊賀大介スタイリングという『リラックス』の巻頭グラビア「a girl like you 君になりたい」(渋谷直角が文章を担当)のタッグふたたびで、モデルは今をときめく有村架純という、過去へのオマージュを込めつつちゃんと2013年の表現になっているのだ。そして、装丁・デザインはやはり『リラックス』の小野英作という徹底ぶり。『リラックス』という雑誌は、こうした付録やおまけを付けるのが好きな雑誌であり、読者も嬉々としてそれをコレクトしていたのである。


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まず、このカバーがすばらしい。そして、オクラになった未発表作と解説文(著者自身と、『カフェボサ』で名前が登場するパンケーキに詳しいトミヤマユキコが!)を掲載した冊子の裏表紙には微妙な感じの有村架純の似顔絵が描かれ、「ZENBU KASUMI」の文字が。


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これはおそらく渡辺美奈代のファーストLIVEビデオ『ZENBU MINAYO』が元ネタなんだろうな。


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というように、いたるところに仕掛けがあるから要注意だ。


ガワの話ばかりしているが、肝心の本編も読みごたえあり。「リラックスライブラリー」版「リラックス・ボーイ」を今回初めて読んだのだが(当時買いそびれた)、たしかに新子とのくだりは「カフェボサ」の原点ともいえるし、基本的には恋愛+バトル物という王道娯楽マンガの変奏でありつつ、『ねじ式』や『童夢』などの名作マンガを巧みにサンプリングする手法は当時のカルチャーを色濃く反映している。


そして、何より出色なのは「RELAX BOY 2014」と題された巻末の描き下ろしだ。ここで描かれるのは、まさに2013年に『あまちゃん』が提示した「ダサいくらいなんだよ!がまんしろよ」というコペルニクス的転換(by大友良英)に通ずるメッセージだ。流行や時代の変化を敏感に感じ取り、かつて好きだったものを次々と手放して生きることは本当にかっこいいのか。好きなら好きでいいじゃないか、誰にイケてないと言われようとも。


ともすると、あたらしいものにすぐ飛びつく自分のような人間にとって、このメッセージは重い。かつてはヒップホップしか聴かなかったのに今ではでんぱ組がどうしたリリスクがどうしたと同じ口が言う寿平九亭太(スペクテイタ)みたいなもんだ。


「カフェボサ」の中で最も感動的な一篇「口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画」に通じる読後感。ラスト、高らかに鳴り響くダフトパンクは、auのスマホのCMとはまったく違う響きでもってぼくらの胸に迫る。


「○○はもう終わった」などというもっともらしい言説は、常にあたらしいカードを切らないと仕事にならない広告屋さんに任せておけばいいのだ。


いいじゃないの幸せならば。



思うに、ゼロ年代前半というのは、まだ何かを無邪気に集めたり、それを楽しんだりしていられた時代だったのかもしれない。この本は、そんな時代のスーベニールであり、決して分断されず地続きになっているカルチャーや精神を次の世代にそっと手渡しするバトンだ。


10年後、このマンガがどう読まれるのか、興味がある。




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by sakurais3 | 2013-12-16 01:33

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