『ごちそうさん』がすごいことになっている。
2013年 12月 13日
NHKの朝ドラ『ごちそうさん』がすごいことになっている。
当初は、明治・大正時代の東京を舞台にした、おてんば、天真爛漫(という名の利己主義者)なヒロイン・め以子(杏)を中心とした『はいからさんが通る』的ラブコメ色が濃厚で、『あまちゃん』以前の朝ドラに回帰したかのような展開には特に目新しさを感じなかった。
大阪編に移行してからは、西門家に嫁いだめ以子が小姑・和枝(キムラ緑子)に徹底的にいびられるという往年の『細腕繁盛記』を彷彿とさせる仕打ち(EX:『犬に食わせる飯はあってもおみゃーに食わせる飯はにゃーだよ!』)を受け、「朝っぱらこんなのは見たくない」と脱落する早とちり組がいる一方、怖いもの見たさも手伝ってか視聴率は俄然好調。
初回から見続けてきた者としては、『あまちゃん』の余熱が残る初期段階は正直「うーん…」という印象のままある程度流して見ていたのだが、大阪編の途中から面白くなり、ずーっと無口で自分の殻に閉じこもっていた希子(『Q10』の高畑充希好演!)が人前で「焼氷の唄」を歌うことによって覚醒する回で完全にヤラれ、最終話まで見続ける決意をした。
今週は、和枝にふって湧いた再婚話という、あらかじめ不幸フラグ立ちまくりの展開で、表層だけ眺めればありがちなエピソードにも関わらず、和枝の内面に寄り添うような描き方をすることで、天真爛漫なヒロインの言動によって追い込まれ不幸になっていく人もいるのだということを、いわばネガポジを逆転させた視点によって「朝ドラヒロインの傍若無人さ」を絶妙に浮き彫りにしていて唸った。
このドラマは一貫して食という主題を通奏低音としていて、今週も「ややこ」が出来て寝込むめ以子に代わり、傷心の和枝が食事をつくることになるのだが、「ひょっとして和枝がめ以子のごはんにだけちょっとずつ毒を混ぜてお腹の子を流産させようと企てていたら…」という視点で見ると、これはもう小川洋子の『妊娠カレンダー』の世界というか、完全にホラーになる(和枝には、自身の幼子を死なせ、それが原因で嫁ぎ先を追われるという悲しい過去があるのだ)。
帝大に通わせるべく東京に出させた弟が、ようわからん東京のデッカイおなごを嫁として連れて帰ってきたこと自体腹立たしいのに、若い新婚夫婦がひとつ屋根の下にいて、(ドラマ内では当然描写されはしないものの)夜の組体操をしている音なんぞ漏れ聞こえてきた日には、奥歯が折れるくらい歯ぎしりしていても不思議ではない。この前まで従順でおとなしかった妹は嫁に感化され、あろうことか自分の人生を否定するかのように意見する。全部あんたが悪いんや、め以子…などと考えたとしても、まあおかしくはない。
しかし、普通のドラマはそんな描き方はしない。
朝ドラのヒロインは絶対的存在として物語に君臨し、その他の登場人物はヒロインを引き立てるだけのコマである。多少、ヒール役がいたとしても、それは「けなげなヒロイン」の存在を際立たせるための、いわば主役の輝きを明確にするための影でしかない。というこれまで繰り替えされてきた物語構造を表面上はトレースしつつも、実は巧みにズラしているのが『ごちそうさん』の凄みなのだ。
トレーシングペーパーで正確にトレースした絵を少しだけズラすことで生じる違和感とあたらしさ。一見、よくある話と見せかけて、その背後では実に巧みにコントロールされた構成力が見え隠れする。
脚本を手掛ける森下佳子は、『仁 JIN』『とんび』などで知られる人だが、個人的には『白夜行』(ドラマ版)がずば抜けて面白いと記憶していた。
残り早3か月あまり。ますます目が離せない。たとえ杏の両目が離れていても。
ごめんなすって。