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幻のATG映画としての「苦役列車」

立川シネマシティにて「苦役列車」を観る。
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その前にお昼ごはん。朝からカレー腹になっていたのだが、立川には意外とカレーの店がない。ナポリタンが有名なサンモリノのカレーもなかなかだったのだが、サンモリノが入る第一デパートは今年5月に完全閉店。かなり前から閉店の話があり、さくらいの個人雑誌「リトル・マグ」vol.6でも取り上げていたのだが、それから3年以上が経ってもなかなか閉まる気配がなく、ひょっとして閉店話はなくなったのか?と思っていた矢先のことだった。



サンモリノは別の場所に移って存続、という話はなく、完全に閉まったようだ。閉まる直前は駆け込み客でかなり混み合ったらしいが、こういう店がなくなり、どのまちも似たり寄ったりのチェーン店ばかりになるのは、やはり面白くない。

などと考えながらシネマシティ周辺を歩いていて、前から気になっていた喫茶店があったことを思い出す。名をJIROという。窓に品書きが貼ってあり、「カレー600円」とあるのが目に留まったので入ってみることに。

70歳前後と思われる夫婦(?)が切り盛りするこぢんまりとした店。なぜか味噌汁が付くカレーは、ほっとする味だった。ザ・喫茶店のカレー。誰もが好きそうな王道感。そりゃあ松屋なんかには値段では敵わないものの、この味とこの店の雰囲気は松屋には絶対に出せない。店内はそれなりに賑わっていて、生姜焼き定食とカレーを食べているひとがほとんど。結構固定ファンがいるようだ。



で、「苦役列車」なのだが、これはいい映画だった。

映画がはじまった瞬間にシネコンが一瞬にして昔の池袋文芸坐にワープするかのような、そんなテイスト。東映映画というよりはATG映画みたいだし、前田敦子の佇まいはさながら70年代の栗田ひろみや森下愛子のようだ。
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山下敦弘作品からはこれまで温度や湿度を感じたが、今回はそこにプラス「匂い」を感じる。それは時に汗とタバコが入り混じった匂いであり、時に場末の風俗店のすえた匂いであり、時に高架下の古本屋の匂いであり、時に前田敦子がいれるティーパックの紅茶や髪の毛から香るシャンプーの匂いだったりする。

映画のなかで時代設定は明確にされていないが、のぞき部屋が流行っていて中沢新一や四方田犬彦などの固有名詞が出てニューアカがどうこうということは80年代半ばなのだろうが、おそらく一般的な80年代のイメージからすると、だいぶ古めかしいというか、美術なども含めて70年代寄りに思える。しかし、主人公・貫多の視点から見た世界はこーゆー世界だったのだろう。時代はバブルへと突き進んでいたが、貫多はその流れからは取りこぼされ、まるで戦争が終わったことを知らずに南海の孤島で兵士として生きていた横井さんのように、やさぐれた70年代を生きている。

監督の山下敦弘は大阪芸大の出身だが、前作「マイバックページ」同様、「大阪芸大感」全開。「大阪芸大感」がどういうものかは、島本和彦の「アオイホノオ」を参照されたし。山下監督が大阪芸大生だったのは90年代半ばだが、おそらく周りに貫多みたいな奴はふつーにいたものと思われる。ワンカップを灰皿にして樹氷飲んで…たかどうかは知らないが、風景としては70~80年代と大差なかったのではないか。そういう視点で観ると、この映画がなぜ80年代の話なのに70年代っぽいのかが分かる。

そして、はっきりと格差社会が進行する2010年代に、貫多のような心持ちで暮らす若者も少なからずいるに違いない。世間と折り合いがつけられず、自分の境遇を誰かのせいにして、目先の欲望には忠実な割に大した努力もせず、それでも夢のしっぽだけは追い求め、「俺は悪くない」とでも思わなければやってられない精神状態でその日暮らしを続けている…というような。しかし、そうした生き方に未来や希望がない、とは実は言い切れない。最底辺の暮らしからしか見えない風景というものもあるし、裏かと思っていたものが実は表だった、という転換は往々にしてある。だから、原稿用紙に向かう貫多の後ろ姿をかなり長い時間をかけて見せるラストに、まだ何者でもない若者の後ろ姿にも関わらず、思わず希望や未来を見てしまうのだ。白ブリーフいっちょうのボロボロの姿に聖性が宿っているようにさえ見えるのだ。

このラストが描くほんの少しの希望こそ、2012年の今、必要なものに思える。現実はもっと容赦がないとしても、だ。

森山未來のやさぐれ芝居はほんとうに素晴らしいし、世間代表という感じの高良健吾の屈託のない佇まいもいいし、マキタスポーツの存在感も忘れがたい。そして、前田敦子。

それにしても、なぜこれが夏休み公開なのだろうか。その点だけは最後まで合点がいかなかった。
by sakurais3 | 2012-08-01 14:10

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