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コンテンツとして優秀なドラマ「スイッチガール!!」
ひとに薦められてフジTWOで放送されていた「スイッチガール!!」を全話見る。

人気コミックのドラマ化で、主演はこれが連ドラ初主演という「seventeen」モデルの西内まりや。



CSということもあってほとんど話題にならなかったような気がするが、これは面白い。いわゆるマンガ的演出も寒くないし、ギャルの日常=マンガ的というコンセプトで終始徹底しているのが正解。かなりきっちりとコンテを切っているであろう画面づくりは、「このお話はこう描く」という明確な意図や狙いを感じる。つまり、演出や編集の方針がブレていない。想定される視聴者に対して「何をどう見せるのか」が明確、すなわちコンテンツとして優秀ということ。

西内まりやは「ピカルの定理」にも出ているようだが、「スイッチ~」を見る限り、コメディエンヌとしてのポテンシャルを感じさせる逸材。それにしても、橋本愛しかり、「seventeen」出身者は芝居ができるコが多いというのは何か理由があるのだろうか。地上波で22時あたりに放映していたらかなり話題になったのでは? 


そして今ごろ「家族のうた」5話も見る。打ち切りが決まり怖いもの見たさで視聴率が上がるかといえば、世の中そう甘くはないようで(それでも微増したらしいが)。しかし、8話までやるんだったらわざわざ打ち切りって言わなくてもいいような気が。

いろんなひとがいろんなことを言っているのだろうが、どう考えてももう少し面白くなってもいい話だろう。まあ、パクリ疑惑で最初からミソがついて当初の設定を変更せざるをえなくなったのだとしても、人物の動かし方、エピソードの重ね方がどうにも。主人公の正義に対して「あいつも少しは変わってきたな」みたいなことを周囲がつぶやくのだが、実際に「変わった(父親らしくなってきた=オトナになった)」エピソードを描かず、周りが口で言ってるだけだからまるで説得力がない。

過去のドラマや映画にこのテの話(オトナになりきれないオトナが子どもや周囲の人間との関わりのなかで成長する)は腐るほどあるわけで、そのくらいもっと上手くさばいてちょうだいよ、という気がする。

逆にいうと、ここまで人間的に魅力のない主人公のまま突き進むのもすごいっちゃあすごい。「安易に感動路線にはいかねーぜ」と思っているんだとしたら、それはそれで大したものだと思うが、この枠では誰もそんなこと望んでないわけで。

「いや、そこに抗うのがロックっスよ!」ってこと? だったらいっそ最後まで自己中心的に突き進んでもらいたいものだが、大したエピソードもないまま、急に「俺もおまえらのおかげで、少しはオトナになれたのかもな」みたいなことを子供たちに言ってちゃんちゃん、ってな展開になりそうな予感も。

貫地谷しをりが撮りためた正義ファミリーの写真展かなんか開いて「これからホンモノの家族になっていくんだよね」みたいな締めもねぇ。藤竜也が正義の父親かどうかなんてどーでもいいんだけど、東北なまりっぽいのがちょっと気になる。まさか震災がらみのオチにするつもりじゃないよね。

ロックじゃねーぜ。


ま、俺が心配するこたぁないんだが。
# by sakurais3 | 2012-05-15 23:57
sundaytubeのカバー


古い話で恐縮だが、さくら学院バトン部Twinklestarsの「プリーズ!プリーズ!プリーズ」がいい。元cymbalsの沖井礼二節全開。Cymbalsは当時(渋谷系全盛期)ピチカートの陰に隠れてあまり印象がなかったが(土岐麻子はその後売れましたが)、今こうして聴くと、悪くないすね。



いや、今日はcymbalsの話がしたいわけではない。YouTubeにTwinklestarsの曲をカバーして投稿しているひとがいるのだが、その解釈のしかたがツボを心得ていて、ちょっとびっくりした、という話。



まるでカヒミ・カリィと嶺川貴子のユニット「Fancy Face Groovy Name」を彷彿させるような歌声とアレンジ。投稿者Sundaytube02なるひとは何者なのかと思い、さらにYouTube内のページを見て驚いた。80年代のアイドルソングを弾き語りでカバーしているのだが、その選曲の妙と歌唱にすっかりヤラれてしまった。あきらかに80’sをリアルタイムでしっている世代ではなさそうなのだが(顔は見えないがこの歌声で40過ぎってこたぁないだろう)、渋谷系を通過した耳で80年代アイドルソングを再構築しているといった趣がある。原曲のエッセンスのみを残し装飾をそぎ落とすことで、楽曲本来のもつメロディの良さやコード感が際立つのだ。

オリジナルもつくっているらしく、すでに一部では知られた存在なのかもしれないが、世の中、変わったひとがいるもんです(褒めてます)。言ってみれば、むかしのアニソンをしょこたんがカバーするようなことに近いのだろうが、悲しいかなしょこたんの声はアニメやアイドル向きではなかったりする。神様はいじわるです。

たとえば、「ストップ!!ひばりくん!」のテーマ・sundaytubeバージョン。


島田奈美の「内気なキューピット」。作詞・作曲はEPO。


森尾由美のデビュー曲「お・ね・が・い」。


いきなり「いやらしい男の子たちが」ではじまる歌が世の中にあるだろうか。当時「ウナセラな季節」ってのがわからなかった。原曲がこちら。見ているといろんな意味で死にそうになる。


あるいは、伊藤つかさの「夢見るseason」。


↓原曲。作詞作曲は原由子。夜ヒット出演時か。テレビのスタジオなんかにいちゃいけないんじゃないかってほどの普通っぽさで見ているほうがどぎまぎする。


斉藤由貴の奇跡的名曲「MAY」もカバー。


おニャン子関係も大量にカバーしているが、大貫妙子のクラシック「横顔」なんかも。


このままいくと全曲貼り付けることになるので、興味のあるひとは各自チェックされたし。スカイツリーの馬鹿騒ぎも北朝鮮の核ミサイルも富永愛の股下も紳助のドキュメントもヘルタースケルターの出来も(少なくともこれを聴いている間は)どうでもよくなるほど世の中と乖離したドリーミーな世界。

萌とか癒しってことばは使う気もないが…ほかに適当な言葉が浮かばない。おニャン子原理主義者ゆえ(?)AKBは頑なにカバーしないという姿勢もすばらしいのだが、乃木坂46はぜひカバーしてほしいぞ。
# by sakurais3 | 2012-05-14 14:23
1986年の中山美穂
勝手に中山美穂リバイバル。

たとえば、1986年の「ハートのスイッチを押して」(のちに『SWITCH ON』としてセルフカバーされている)。シングル「WAKU WAKUさせて」のカップリングとして収録されたこの曲は、「WAKU WAKU」同様、松本隆作詞、筒美京平作曲の佳曲。



一方その頃、このひとはこんな感じだった。86年という時代性を鑑みても、かなりイケてない。ミポリンのほうが遥かに洗練された音楽をやっていた。




# by sakurais3 | 2012-05-13 15:24
暴走と妄想の「ベルフラワー」

8日、あたらしい媒体の打ち合わせの後、六本木シネマートにて「ベルフラワー」マスコミ試写へ。

脚本・監督・主演はこれがデビュー作となる31歳のエヴァン・グローデル。映画監督を目指してロスに出てきた男が、映画学校にも行かず、コネもない中、バイト代を注ぎ込みながら初監督作品を完成させた。サンダンス映画祭でこの映画を観たビースティボーイズのアダム・ヤウク(先日惜しくも死去)が「これはヤバい!」と配給を買って出たという。



核戦争後の荒廃した世界を描いた「マッドマックス2」に登場する悪のヒーロー、ヒューマンガスになることを夢想するボンクラ青年が恋におち、束の間の蜜月ののちに裏切られ、哀しみと怒りを暴発させる…というようなストーリーなのだが、この「あらすじ」からはこぼれ落ちるものが多すぎる。

↓これが「マッドマックス2」のヒューマンガス

まず、本作のために開発したというオリジナルカメラによる映像が独特の世界観を生む。デジタルにも関わらず、写真でいうところのトイカメラやピンホールカメラで撮影したかのようなアナログ感漂う画質。そして、炎を噴き上げるメデューサ号を無許可で走らせゲリラ撮影したというシーンも迫力があるが、カーアクション映画かというとそうとも言えない。

町山智浩氏が取材・撮影したメデューサ号の雄姿。

何にいちばん近いかといえば、たとえばゴダールの「気狂いピエロ」をはじめとするヌーベルバーグ、あるいはその影響下にあるアメリカンニューシネマなどと同質の後味がある。または「Born To Die」と歌うラナ・デル・レイにも通じる「衰退するアメリカ」のひとつの暗喩と言えなくもない。終盤の、どこまでが現実でどこまでが妄想なのか判然としない描写の眩惑感も含め、エヴァン・グローデルは、間違いなく何がしかの才能がある。


試写後、ロビーでスタッフに「なんなのよこれ。汚いし馬鹿だし」と文句を言っている女性がいたが(マスコミ試写だからメディアの人間だと思われる)、まあ、良識ある女性(かどうかは知らないが)からは怪訝な面持ちで見られがちな類の映画ではあるだろう。確かに「汚いし馬鹿」。でも、男なんてそんなもんだよ。

しかし、↓日本版のチラシのデザインよりも、上記の海外版のほうが作品のイメージに忠実な気がするが。



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編集Y氏に「いつもブログのドラマネタ、参考にしてますよ」などと言われ、恐縮。「『家族のうた』はさすがに見てないんですか?」と聞かれたので、とりあえず初回は見て、これはちょっと駄目だなぁと思ったが、第4話はベンジーがゲストで出ると知り、オダギリジョーとどう絡むのか興味があって見た。しかし、絡むどころかベンジーはセリフもない通行人レベルで、その回が3.1%という最低視聴率を更新したと翌日知り、うひゃぁーと思った、というような話をする。



視聴率3.1%がネットニュースになるほどの「事件」になると、不思議なことが起きる。なぜかネットの視聴者の感想サイトなどでは軒並み高評価なのだ。この高評価が本当ならば、視聴率に跳ね返らないのはなぜだろう。無料動画サイトで見てるひとが多いからなのか? ネットでは、人気のあるもの、売れているものは叩かれ(AKB関連)、人気のないもの、売れないものは持ち上げられるという奇妙な転倒現象が生じているのか。出る杭は打ち、折れた杭は立て直されるのか。それはそれで「これが分かるのは自分だけ」という屈折した優越感の表れのような気がしないでもないが、たしかに「家族のうた」がそれほどひどいドラマだとは自分も思わない。少なくとも裏の「HAZURE」おっと間違えた「ATARU」よりは「ふつうに見れる」程度の話だろう。

が、決して褒められるようなドラマでないことははっきりと言うべきだ。まず、オダギリジョー演じる主人公・正義の言う「ロックか/ロックじゃないか」という価値基準が古すぎるし、周囲の人間がこの男を無意味に甘やかし過ぎている。正義というキャラが魅力的でもかっこよくもないため、この男を甘やかす様が理解できないのだ。これは「オダギリジョー=かっこいい」という前提にのっとっているのだろうが、今の世間一般の認識からすればどうだろうか。徐々に周囲や世の中との折り合いをつけながら成長していく主人公なのだろうが、各話ごとにその変化や成長の片鱗を提示しなければ視聴者は付いてこない。この主人公を暖かい目で見る視聴者はオダギリジョーファンだけだろう。と書いていて思い出したが、是枝裕和の「奇跡」でまえだまえだの父ちゃん役を演じたオダギリジョーも売れないミュージシャンだった。が、あのキャラクターはどこか憎めない愛嬌のようなものを醸し出していたから、これはオダギリジョーのせいではないのだろう。

いっそユースケサンタマリアがいてトータス松本がいてベンジーがゲストで出るドラマならば、90年代の日本の音楽シーンを回顧し、総括するような話にしたほうがまだニーズがある。なぜ正義がストーンズを崇拝するキャラである必要があるのか理解に苦しむし、「銀杏の入ってないがんもなんてキースのいないストーンズみたいなもんだよ」みたいなセリフが誰に向けられているのかよく分からない。ドラマチックサンデー枠の視聴者層に対して「このくらいならギリ通じるんじゃね?」と考えているのだとしたら、ロックファンにとってもロックに詳しくないひとにとってもひとっつも面白くない設定としか言いようがない。これならば、田舎のライブハウスでは人気者だったロッカーが「イカ天」とおぼしき番組に出演するも、本番前にビビッて逃げ出し、以後それがトラウマになり、音楽をやめ、田舎の工場で働きながらくすぶっている男(玉山鉄二)が登場する「カエルの王女さま」のほうがまだリアリティがある。

せめて23時以降の時間帯でマニアック(といっても限度はあるが)なロックのディティールを持ち込んだ話にしたほうが、オダギリジョーにとってもスタッフにとっても視聴者にとっても幸せだったろう。

ここから巻き返すことができるのか、あるいは不可能なのか。それこそロックか/ロックじゃないかの別れ道だ。Let It Rock!!!!


# by sakurais3 | 2012-05-10 19:20
夜の泣きTube
中山美穂じゃなくても、「ただ泣きたくなるの」な夜もある。


泣けるCMは数あれど、この辺がmy鉄板か。









赤塚不二夫告別式でのタモリの素晴らしい弔辞。



↓これは「泣ける」わけではないが、膨大な労力に頭が下がる。最近なんちゃら広告賞で賞をもらったとか。「ピタゴラスイッチ」を壮大なスケールでやっているような。


# by sakurais3 | 2012-05-09 23:28


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