tomorrow's people

4月末、取材で福島へ。福島第一原子力発電所を囲む双葉町・大熊町に建設されている中間貯蔵施設を見学。車が出入りするゲートは事前の申請と身分証明書がなければ立ち入ることはできない。ヘルメットにマスク、手袋といういでたちで施設内に入る。やはり妙な緊張感があることは確かだ。手のひらが汗ばむのは手袋をはめているせいだけではないだろう。もちろん、線量計の数値はほとんど上がっていないのだが。車で施設を出たあと、スクリーニング検査を受ける。靴の裏をセンサーで測定するのだが、みな基準値以下とのこと。


双葉町の宿に一泊したのだが、付近に夜間営業している飲食店は見当たらない。念のため検索してみると、近くに焼き鳥屋があるとの表示が。まあ古い情報がそのまま残っているのだろうと思いきや、街灯すらまばらな夜道の向こうに赤ちょうちんが見える。や、やってる!? というわけで、編集者、カメラマンと共に店内へ。すると座敷で大人数の客が盛り上がっていた。あとで聞くと、やはり東電関係者とのこと。複雑な思いのなか、とにかく我々はビールを飲んだ。


宿は新しく、除染作業などを行うひとたち向けにつくられた施設のようだった。近くにコンビニすらない場所なので、館内の自販機で缶ビールやハイボールを買い、飲み干したらまた自販機に買いに行く、を繰り返す。もし一人でここに泊まっていたら、たいそう心細い気持ちになったに違いない。


福島市西部の佐原地区にある「ささき牛乳」と田村市都路町の「よりあい処・華」も取材。ささき牛乳では、震災直後から放射性物質の検査結果をホームページ上で定期的に公表している。低温殺菌された牛乳でつくるソフトクリームはたいへんおいしかった。写真は季節限定のいちご。フレイバーではなく、フレッシュないちごをそのまま牛乳にまぜている。


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よりあい処・華は、築100年超の古民家を活用した地域の人たちの交流の場。115食限定のおまかせランチをいただく。


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「これも食べていきなさい」とお手製のこしあんまんじゅうなどもちょうだいし、田舎のおばあちゃんちに上がり込んだような気分。


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庭には立派な蔵があり、少し荷物が入っているだけで使っていないという。編集者と「蔵でカフェをやったらいいんじゃないか」などと言って盛り上がった。


車で郡山へ移動中、ちょうど満開だった三春の滝桜を車窓から眺めた。気高く、美しかった。


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4月スタートのドラマは結局、『ひよっこ』と『やすらぎの郷』という朝と昼の帯のみ見続けている。録りためた分を週末にイッキ見するのが目下の楽しみだ。年季の入った波瑠好きからしても『あなたのことはそれほど』はそれほど。


お父さん、『ひよっこ』、見てますか? 私は毎日泣きながら見てますよ? 今ごろお父さんもどこかで見てるんだろうなって、そう思いながら乙女寮のみんなと見ています。お父さん、いまどこにいるんですか?


と、モノローグがついつい谷田部みね子になってしまう病を発症しているわけだが、『ひよっこ』は従来の朝ドラのパターンを踏襲しつつ、本来であれば115分という尺のなかで端折ってしまいがちな要素を実に丁寧に積み重ねていく。朝ドラはこれが3度目になる脚本家・岡田惠和は職人芸というべき筆致で愛情をもって登場人物たちの姿を活写する。


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先週の放送で夏ばっぱ(宮本信子)とヤング春子(有村架純)という『あまちゃん』における母子競演シーンの復活が話題になったが、プロデューサーが『あまちゃん』と同じ菓子浩なのだし、そもそもタイトルからして両方とも半人前を意味する時点で『ひよっこ』が『あまちゃん』を踏まえてつくられていることは間違いないとは思うものの、クドカンの脚本における面白さ優先によるダイナミックな跳躍とは逆に、岡田惠和は行間を埋めるようにじっくりとエピソードを描く。『あまちゃん』に大いなる刺激を受けつつも、「俺ならこう描くね」とほくそ笑んでいるのではないかと勝手に想像してしまう。


現時点では集団就職で上京してきた少女たちの仕事と暮らしを笑いと涙で描いていて、言ってみれば『ALWAYS 三丁目の夕日』の六ちゃん(堀北真希)のくだりをリアルに描写するとこうなる、というような展開になっているが、工場でラジオの部品を流れ作業でつくっていくというおよそドラマチックとはいいがたい話がなぜこれほどまで豊かな物語になるのかと驚く。


日々を丹念に積み重ねていくこと。その先に、きっと何か良きことが待っている。そんなことをまだ無邪気に信じられた時代なのかもしれないが、「ライバルは1964年」とか言って簡単に納得してしまうのではなく、各々の心の機微のディティールを丁寧に積み重ねていくことで当時の人々の心情や時代の空気をとらまえようとしているように思える。これもまた、東京オリンピック前史を描くクドカンの大河ドラマ『いだてん 東京オリムピック噺』に対する目配せではないかと考えるのはいささか勘ぐりが過ぎるかもしれないが。


『やすらぎの郷』は、もはや面白いとか面白くないというレベルではなく、倉本聰の私怨が昼の帯ドラマの形をとりながら白昼堂々と放出される様を日々静観するしかあるまい。いや、もちろん十二分に面白いのであるが。


陸の孤島のような老人ホーム「やすらぎの郷」からカメラが出ることはないため、これはもう不可解な密室殺人でも起きて石坂浩二=金田一耕助が謎を解き明かす、くらいのことが起きないと話がもたないのではないかとすら思うが、そこはそれ、遅れて入居してきた秀さん(藤竜也)のヤリチン伝説からの無様なぎっくり腰と、施設を出ずともおかしな人たちが外部から次々にやってくればいくらでも話を転がすことは可能なのだろう。


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相変わらず、ユニクロ、無印、GUのファストファッションが面白い。「ファストファッション着てる奴なんてダサい」などという言説はとっくに死んだものと思っていたが、どうもいまだにそう考えるひとも少ながらずいるらしく、そういうひとからすれば日々SNSでファストファッション着用写真をアップする私のような人間はダサさの権化だろう。


私がやっているのは、「ファストファッションであっても組み合わせ方次第でいい感じに着こなすことはできる」という人体実験のようなものであり、そのためには服だけを床に並べて俯瞰で撮るようなスカした方法ではなく、恥をしのんで自分の身を晒すことが重要だと考える。これはバカリズムいうところの「#自己顕示欲解放中」などではなく、「身長170センチの特に手足が長いわけでもない日本人が着用するとこうなりますよ」というサンプルを提示しているつもりだ。なぜそんなことをするのかというと、それがおもろしいんじゃないかと思っているからなのだが、そのサンプルを見て参考にすべきものがあれば参考にしてもらい、「いやそれはさすがにないわー」と思えば反面教師にしてもらえばいいのである。それがファストファッションである理由は、年齢・性別・学歴・年収・容姿の美醜・性癖等に関わらず誰もが簡単に入手できる商品だからだ。その気になれば誰もが入手できるというのは素晴らしいことだと思う。もちろん、そこからしかるべきものをチョイスする目(審美眼などという大袈裟なものではない)が求められるわけだが。


もっとも、セレクトショップに行けば上下1万円そこそこでセットアップが売っているご時世、ものによってはUniqlo Uのほうが高かったりもするわけで、こうなるともはやファストファッション=安かろう悪かろう云々という括り方自体があまり意味をなさない。ようは納得感のある価格で、サイズや素材、色、柄の選択の幅があり、余計なストレスなく買い物ができるかどうかがポイントになる。というような話を私は繰り返し語っているような気もするが、まあ生まれてから死ぬまでユニクロでいいや、というのも切ないものがあるし、特に若い頃は思い切ってどーんと高い服を買ってみるのも必要なことだと思う。たとえ後悔しても、それが何かの血肉になることは間違いない。


私は高円寺に住んでいた時代によく古着屋を利用していたが、古着屋の接客のほったらかし具合が好きだった。客は勝手に服を見て、試着の時だけ店員に声をかける。試着中も店員から「サイズいかがですかあ」と声をかけらることもなく、気に入れば買うし気に入らなければ棚に戻す。好き勝手に見て買える雰囲気は、実はユニクロの店舗と似ている。店員のレコメンドや「いま出てますよそれ」も「最後の一着なんですよ」も要らない。スーパーで食料品を買うように、私はユニクロで服を買う。「これでいい」ではなく、「これがいい」。


とはいえUniqlo U 2017の春夏はあまり食指が動かず、結局コットンツイルパンツ(オリーブ)とオープンカラーシャツ(紺、黒)、ニットスリッポン()のみ購入。むしろ昨年のユニクロ&ルメールのシャンブレーセットアップやコットンツイルイージーパンツなどを引き続き着ていたりする。そのシーズンしか着られないなんてことはまったくない。


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GWに読んだ岡本仁氏の新刊『東京ひとり歩き ぼくの東京地図。』に富ヶ谷のアヒルストアについて書いた項があった。



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「身の回りを上質なものや一流品ばかりで固めても上品にはならないし、やりすぎるとむしろ下品に見えてくることもある。上質は集めることもできるし目指すこともできる。でも、上品は身についているマインドなどに関わるものだ。だからそこは後天的に大きく変えられるものではない。でも、『上品』な生まれでなかったとしても『下品』にならないことを目指すのは可能だ。」


アヒルストアについて書いている一節なのだが、実に普遍性のあるテーゼではないだろうか。メディアで「一生もの」や「10年つきあえる逸品」として取り上げられるものは既に確固たる価値が認められているものばかりで、しかも大抵高価だ。確かに惜しみなく材料を使い、ひとの手間もかかった上質なものだということは疑う余地はないのだろう。しかし、それを大枚はたいて買った人間がそのまま上品であるかどうかはまた別の問題だ。上質は金で買えるが、上品は態度や考え方に宿る。


まだ評価の定まっていないもののなかに価値を見出す。高いものはいいものだという幻想からも、誰それが作っている、誰それが薦めている、限定品などという情報からもできるだけ自由に、そのもの自体が自分にとって価値があるかどうかを見定めること。それこそが批評性をもって生きるということだと思うのだ。





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# by sakurais3 | 2017-05-16 22:58

2017春ドラマより 『パンセ』『やすらぎの郷』

3月31日・4月1日の2夜にわたって放送されたスペシャルドラマ『パンセ』は、脚本・木皿泉、主演perfumeという異色の組み合わせゆえに放送前から話題となっていた。

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木皿泉といえば日テレかNHKでの放映の印象が強いところ、なんとテレ東の深夜。前の週まで『山田孝之のカンヌ映画祭』を放送していた時間帯である。どちらかといえばマニアックな設定のドラマが多いテレ東深夜枠にあって、異質なドラマが唐突にはじまって唐突に終わってしまったという印象をもつひとも多かったのではないか。

おそらくperfumeファンは、演技をする3人の姿を見られただけで満足かもしれない。かしゆかが同じ事務所の吉高由里子出演『横道世之介』の「カーテンぐるぐる巻き」をコピーしていたのも可愛かった。あるいはダンスを盛り込んだミュージカル的なドラマを期待していたひとは拍子抜けしたかもしれない。perfumeファンの中には木皿泉って誰?というひともいただろう。

木皿泉は、『すいか』『野ブタ。をプロデュース』『セクシーボイスアンドロボ』『Q10』という一連の日テレドラマから、最近はNHKの『昨夜のカレー、明日のパン』や新春ドラマ『富士ファミリー』など、社会に居心地の悪さを感じていたりマジョリティから疎外されたようなひとたちにそっと寄り添う作風に定評があり、常に新作が熱望される夫婦(めおと)脚本家である。

タイトルのパンセとはパンジー(3色すみれ)を意味するフランス語。perfumeの三者三様具合を3色すみれに投影しつつ、木皿泉のコメントによれば、「たまたま本棚にパスカルの『パンセ』があった」ことも影響しているらしい(『人間は考える葦である』でおなじみの)。ちなみに、哲学者レヴィ・ストロースの『野生の思考』の原題は「野生の3色すみれ」。このドラマが、思想家と哲学者にちなんだタイトルになったのはたまたまなのかというと、どうもそうでもなさそうだ。

perfume演じる3人のOL(のようなもの)は破格の金額で憧れの洋館を手に入れたものの、実はその家に住む40代の引きこもり男の面倒を見ることになるというオマケ付き。その男・力丸(勝村政信)は長年、外界・社会と断絶して暮らしているが、そこにはおそらく彼なりの思想や哲学があるはずだ。哲学(philosophy)という言葉は、ギリシャ語の愛(philo)と知恵(sophy)から成り立っている。愛と知恵は、まさしく本ドラマのテーマと言ってよい。

おそらく自分なりの思想や哲学に従って生きてきた力丸にとって、突然家にやってきた3人の女性は闖入者には違いないが、同時に世界・社会とのドアの役割も果たしてくれる。

今年1月に放送された新春ドラマ『富士ファミリー2017』で、こんな印象的なセリフがあった。

「家って呼吸してるみたいだよね。扉が開いて『行ってきます』、また扉が開いて『ただいま』って。息してるみたいにさ」「ほんとだ。それが当たり前みたいに思ってるもんな、俺たち」

ドラマ『パンセ』において、この「行ってきます」と「ただいま」は、より感動的な響きを伴って交わされる。そして、自らドアを開けて社会に一歩踏み出した力丸は、おそらく生まれて初めて「何かをしてその対価を得る」という社会的な行為をする。

力丸の帰りを家で待つ3人は、その小さな一歩を祝福するように「おかえり」の垂れ幕を掲げる。長い間、家を出たことのない者は、自ら「行ってきます」と言うこともないし、誰かに「おかえり」と言われることもない。家に掲げられた「おかえり」の言葉は、世の中と断絶していた中年男が、もう一度世界に受容される魔法の言葉となって降り注ぐのだ。

言ってみれば、perfumeの3人は、3色すみれの精であり、お払い箱になった家政婦(片桐はいり)の代わりに風に乗って豪邸に舞い降りたメリーポピンズである。その3人がシャボン玉を風に乗せて空に飛ばす。それは、ドアを開けて外の世界へ出る決心をした力丸の自由(と一抹の寂しさ、孤独への惜別)の象徴として、頼りなげに、それでもゆらゆらと高く空へと浮かぶ。

公式サイトによれば、ラストに流れる吉田拓郎の『どうしてこんなに悲しいんだろう』は木皿泉の脚本で既に指定されていたという。拓郎とperfumeといえば広島つながりではあるが、何よりもperfumeの曲を一切使わず、拓郎の1971年の比較的マイナーな歌を持ってくるあたり、今のドラマとしてはかなり異色なことだろう。

録画やネットで見るひとが多いとはいえ、マニアックなテーマや不条理な笑いを扱うことも多く、それなりにトーンが定着しているテレ東深夜という枠組みに、果たしてこのドラマがフィットしていたのかというと、それはよくわからない。30分の2夜連続ではなく1時間にして1夜放送のほうが良かったのではないかという気がしないでもないし、Eテレ『テクネ』を思わせる可愛いオープニング映像の印象からか、もしこのドラマをEテレでやっていたらどうなっていただろうか、などと余計なことまで考えてしまった。

いずれにしても、1月に『富士ファミリー2017』があり、3月末に『パンセ』と、これほど短いインターバルで木皿泉ドラマが立て続けに放送されることもなかなかない。そろそろ連ドラが見たい。


連ドラといえば、4月スタートのドラマで注目なのは、なんといっても倉本聰の昼の帯ドラマ『やすらぎの郷』である。「ゴールデンタイムに年寄り向けのドラマがつくれないんだったら昼の帯でシルバータイムドラマをつくってやろうじゃないの」という意気込みとともにスタートした野心的な新規枠だ。主演は、まさにゴールデンの高齢者向け長寿ドラマだった『水戸黄門』で黄門様を演じたこともある石坂浩二。

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今年の1月にこんなtweetをのんきにしていたのだが、この時点で4月から倉本聰の帯ドラマがスタートするなんて、「そんなことは全く知らなかった訳で…」(by『北の国から』純)。

既に倉本聰は80歳を越えているため、体力的には時々スペシャルドラマを書くくらいが精一杯か、と思っていたのだが、予想は心地よく裏切られた。半年間、130話分の脚本は既に執筆済みというから驚く。

思えば、倉本聰のドラマを意識して見たのは小学校高学年だったか。鍵っ子だったので、学校が終わって帰宅するとテーブルに置かれたおやつを食べながら夕方4時~5時台のドラマの再放送を見るのが日課だった。そこでたまたま日テレで『前略おふくろ様』の、おそらく何度目かの再放送を見てハマってしまった。月~金、毎日同じ時間に帯で放送という再放送のスタイルと、決して大事件が起こる訳ではないにも関わらず各登場人物が織りなす日常のドラマのリズムとが相まって、反復されることで生じるおかしみと切なさに、子どもながら虜になってしまったのだ。ショーケン演じるサブちゃん始め、登場人物全員が深川のまちに確かに生きて存在している、と思った。

という原体験があるため、『北の国から』も単発のスペシャルよりも連ドラ版が好きだ。倉本聰の脚本の妙は、連ドラの反復性によって生きると思っている。しかも、それが週イチではなく月~金の帯なら最高ではないか。

『やすらぎの郷』は既に45話まで収録したシナリオ本も出ている。現在放送中の部分のみ読んでみたところ、セリフはほぼ完全にシナリオ通りのようだ。第1週が終わり、本日から第2週がスタートした段階だが、既にテレビや芸能界に対する痛切な批評がセリフに込められていて、その過激さと切れ味に驚く。『北の国から』スペシャルの終盤や『おやじの背中』などを見るにつけ、さすがに先生もお歳か、などと思ってしまった自分を戒めたい。

タバコを吸いまくる愛煙家の菊村栄(石坂浩二)はどこか市川崑監督を思わせる風貌でもって、倉本聰の分身たる脚本家を熱演。いまさらながら、これほど魅力的な俳優がお宝番組なんかやってる場合じゃないな、と思う。豪華女優・男優陣の存在感ももちろん見ものだ。ベテランだらけの園にひとり放り込まれた唯一の若手・松岡茉優の立場を思うと胃が痛くなるが。

1974年のドラマ『6羽のかもめ』の最終回で、倉本は既に「さらば視聴率!さらばでテレビジョン!」と書いている。テレビのために懸命に働いた人たち、そして放送を楽しみに見ていた視聴者はテレビを懐かしむ資格があるが、本気でテレビを愛さなかった局の人間やテレビを金儲けとしてしか考えてこなかった者に対しては「あんたたちにテレビを懐かしむ資格はない」と断罪する。

「テレビは終わった」ともっともらしく煽る言説が聞かれるようになって幾年月。終わる終わると言われ続けながら、こうしてシルバータイムドラマが始まることで、何かしらの楔を打つことになるのかならないのか。何かがゆるやかに死に向かっていくことには抗えないとしても、どう終わっていくのがいいのかを、このドラマは半年かけて我々に見せてくれるような気がする。






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# by sakurais3 | 2017-04-10 13:33

100歳のHARUTAのローファー

人生初シリーズその2。HARUTAのローファーを履く。

指定靴に定める学校も多いというHARUTAのローファーを、私はこれまで一度も履いたことがなかった。中学時代は紺のブレザーの制服に足元はスニーカーOKだったので黒のコンバースの白紐を黒紐に変えて履いていた。Made in U.S.Aのコンバースが普通に町の靴屋で売っていた時代である。高校は黒の詰襟の制服で足元は黒の革靴という指定があったものの、ローファーと決められていたわけではなかったので、ブリティッシュロックにハマっていた私はDr.マーチンの黒のプレーントゥを履いていた。もちろんmade in ENGLAND。これも普通に町の靴屋で売っていた。

そんなわけで、誰もが通過儀礼として一度は履くHARUTAのローファーを一度も履くことなく人生を歩んできたわけだが、コンサバ中のコンサバといえるHARUTAのローファーを一度くらい履いてみてもいいのではないかと、ふと思った。春、だから?

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私は電車の中などでひとの靴を眺めるのが好きなのだが、どんな髪型でどんな服装をしているかより、どんな靴をどのように履いているのかによって、そのひとのひととなりが見えてくる気がして面白い。「どんな靴を」よりも、「どのように履いているのか」がむしろポイントだ。

という視点から見ると、高校生たちの履いている、おそらくHARUTA製と思われるローファーは、なかなか悲惨なことになっている。合皮なのか本革なのかにもよるが、買ってからほぼ一度も手入れをしていないに違いないと思えるほど汚れていたり、そもそもサイズが大きすぎるために踵がパカパカになった状態でスリッパのように履いていたり、逆にキツいからか踵を潰して履いていたり。靴そのものの問題というより、履く側の“どう履くか”の問題が大きいのだろう。

HARUTAのHPを見ると、足立区に本社を構える株式会社ハルタの創業は大正6(1917)年。つまり、今年で創業100年を迎えたことになる。以下、HPに記載されている同社のコンセプトを引用する。

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「ハルタかぁ、なつかしいなぁ」「わたしもハルタを履いていました」 そんなうれしい声が、今も、お客さまや取引先の方々から私たちに寄せられます。そう、ハルタは、中学生や高校生などの学校制定靴を作るメーカーとしては、日本でトップシェアを誇る企業なのです。欧米のように子供の頃から革靴を日常的に履いている国とは違い、わが国では革靴に親しむのが、ちょうど中学や高校に入学する時期になります。私たちは、より多くの皆様に、靴とのいい出会いをしていただきたく、品質を落とさず、学生の皆さんでも購入しやすいような価格設定で商品を提供することを企業としての"誇り"と捉え努力してきました。私たちのポリシーは、高品質の靴をお求め安い適正な価格で提供することです。


戦後いち早く新しい製靴技術をアメリカに学び、 独自の技術力とあわせて新たな大量生産方式を生み出し、日本の先駆的靴メーカーとして消費者の皆様方に製品を提供し続けてきました。皮革の供給など原材料にもハルタオリジナルの素材を使い、生産工程にも先端技術の習得と応用に努め"インテリジェント・マニュファクチャリング"を実践。常に良い製品を供給するためのシステムを常に追及し続けています。時代のニーズを絶えず敏感に捉えながら商品を研究してゆくこと。ファッションとしての先進性はもちろんですが、人間の足をとことん科学し、足に優しい靴を開発するなど、靴への関心の高まりとともに、私たちの商品開発の領域も広がっています。 通学用スクールシューズはもちろん、ドレスアップ、カジュアル、そしてハルタの原点でもある子供靴への取り組みなど、靴にこだわり続ける私たちの仕事は続きます。そのような私共の事業によって、より多くの方々に靴の上手な選び方や楽しみ方を知っていただき、わが国における靴文化のさらなる興隆の一助となれれば、私共にとってそれ以上に嬉しい事はございません。

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なんとなく実直な企業姿勢のようなものが伝わってくるような気がするが、たまたまHARUTAのローファーに関心をもったタイミングが創業100年の年だったというのも何かの縁かもしれない(運命とは言わない)。高校生が汚れたまま適当に履いているローファーを、綺麗に、制服でもなくスーツでもないしかるべき服装に合わせて履いてみたらどうだろうという実験精神も少なからずある。同社HPも、こんな感じにおしゃれっぽいコーディネイトを推奨している。あるいは熊谷隆志のGDCとのコラボのロックなローファーなんてのもある。


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ちなみに現在のハルタガールはミスセブンティーンの八木莉可子である。


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たまたま3月中で失効するらしい某商業施設のポイントが5000円分あったので、よし、これを使ってHARUTAのローファーを買ってみようと思い立った。合皮の6550というモデルで税込5389円。店頭には合皮のものしかなかったが、ネットやしかるべき店に行って1万円くらい出せば本革が買える。しかし、ここは最も流通しているはずの合皮のローファーがどのような履き心地なのかをまず知りたいという気持ちがあったので、これでいい。


ローファーは紐靴よりもサイズ選びがさらに重要だ。紐での調整が効かない分、ジャストサイズが鉄則。ネット通販のコメントなどでは、親が子どもに買い、届いてみたらサイズが大きかったが成長期ですぐ足が大きくなるからこれでいい、というようなことが書かれていて、おいおい、と思った。成長期ならなおさら足の変形が怖いと思うのが普通の感覚なのだが。


それはさておき、HARUTAのローファーを履いてみたファーストインプレッションとしては、3E幅ということもあり、いわゆる日本人の足型に合うように設計されている靴だなということ。ジャストサイズを選べば、踵の浮きもなく、幅や甲もキツくもない。これはなかなか悪くないなと、クーポンを使い、足りない389円のみ払ってお買い上げ。


合皮なので、特にお手入れも何もありゃしないとは思ったものの、合皮とはいえ革の成分がブレンドされているのだろうから、履く前にデリケートクリームをひと塗りしてみた。ガラスレザー的な光沢が生まれ、それほど安っぽい印象はない。少量のクリームで屈曲部の曲がりも良くなった。合皮といえども、何も手入れをしなくていいというものでもなさそうだ。


数日前の冷え込んだ日にウールチェックのコートとデニムに合わせて履いてみた。

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履き心地は悪くない。ロールアップしたデニムに赤いソックス。今の気分としてはデニムはもう少しゆったりしたシルエットのものにしたい。春になったらベージュのステンカラーコートに合わせるのも良さそうだ。まさにコンサバ。


春からHARUTA。気分は新入生である。何に入学するつもりなのだろうか私は。




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# by sakurais3 | 2017-03-17 14:33

H&M×THE WEEKND

人生何事も「はじめて」というのは心躍るものだ。たとえそれが、ささやかな買い物だったとしても。

何を隠そう、先日はじめてH&Mで買い物をした。私のTwitterを見ているひとは既にご存知かと思うが、3月頭に発売されたH&MとR&BシンガーのTHE WEEKENDのコラボアイテムを買ってしまったのである。





いや、「しまった」ということもないのだが、何しろこれまでH&Mに一度も足を踏み入れたことはなく、それは何故かと問われても「なんとなく自分のテイストではないので」としか答えようがなく、スラッシャーのロゴをパロッてロゴのデザイン通りに炎上したことも記憶に新しく、近場に店舗がないことも手伝ってついぞ足が向くことはなかった。

たとえばジャスティン・ビーバーとのコラボ等もニュースとしては知っていたが、どうも北関東あたりでヤン車転がしてる方々が好みそうなデザインだな、くらいの印象しかなかった。THE WEEKENDは2011年に発表されたフリー音源の『House Of Balloon』で「お!?」と思い、近作はspotifyで繰り返し耳にしていたが、H&Mとコラボするというニュースを目にし、これはちょっと気になるなと思っているうちにいつの間にか発売開始日を過ぎていて、オンラインでは目ぼしいアイテムは完売、都内の店舗でもあっという間に売り切れという話を聞き、なかばあきらめかけていた。

が、武蔵村山のイオンモールに入る店舗に結構残っているという噂を聞き、さすがに武蔵村山にはTHE WEEKENDの威光も届かないのかと面白くなり、立川駅から直通のバスが出ていることもわかったのでサクッと行ってみた。これまた初・武蔵村山。初・イオンモールむさし村山。『ドキュメント72時間』の群馬・伊勢崎のフードコートの回を思い出さずにはいられない空間を歩きH&Mへ。

確かに「SPRING ICONS SELECTED BY THE WEEKND」(というのがコラボの正式名称だ)はほぼ全アイテム残っているようだった。普通に考えればTHE WEEKENDのレーベルXOのロゴが目立つスウェットやパーカーなどを選びがちなところ、オトナゆえにあえてそういう分かりやすい&ガラ悪そうに見えるアイテムは避けて、胸に同系色のXOのロゴが一カ所だけ入ったボマージャケットと、この下に着ることを想定してつくられたであろう同系色の無地のパーカーをチョイス。

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ネットの写真では黒かグレーに見えたボマージャケットは、光の当たり具合で落ち着いたオリーブに見える。そして、安物のMA-1などにありがちなテラテラした光沢ではなく、ラグジュアリー感のある質感で、袖と裾のリブもきつすぎず、シルエットも綺麗。これで税込み4990円。パーカーは、斜めに入ったポケットも絶妙で、生地も厚すぎず、インナーとして着ることを想定しつつ、立体的なつくりなので一枚で着てもサマになる。色は、ボマージャケットになじむダークなオリーブ。これも写真ではなかなか色味が分かりづらい。2990円。

ボマージャケットもパーカーも、自分のテイストではないかなと一瞬躊躇したものの、試着してみると想像した以上にしっくりきた。単色、ロゴなし(またはロゴが目立たないデザイン)はオトナの着用にも十分堪えうる。妙な先入観はよくないとあらためて思う。ただし、下にデニムやスウェット、スニーカーを合わせてしまうと子どもっぽくなるので、ウールライクなパンツに革靴を合わせたい(H&M×WEEKNDのパンツでももちろん良いが、ユニクロのイージーアンクルパンツ・ウールライクでも良いだろう)。

ボマージャケットは、はっきり言ってUniqlo U 2017ssの一番人気のコーチジャケットよりも全然良いと思う。とはいえ、これでH&Mのヘビーユーザーになるかというと、それはどうだろう。たまたまこのコラボアイテムが良かったというだけの話かもしれない。いずれにしても、これは手に入れることができて良かった。 

平日昼間のイオンモールは、たいへん平和であり、同時にディストピア感もある。個人的には長居したい場所ではないのでフードコートでカレーうどんを食べてそそくさと立川行きのバスに乗り込んだ。






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# by sakurais3 | 2017-03-16 15:28

浅草センチメンタルーーー三交製靴のあった町へ

昨日、たまたま上野方面で取材があったので、これはいいチャンスとばかり浅草へ足を延ばした。

2016年5月に90余年の歴史に幕を下ろし廃業した三交製靴のあった場所が、今どうなっているのか以前から気になっていたのだ。三交製靴の革靴については当ブログやTwitterでもしつこく書いているので、さすがに「またかよ、はいはい」と軽くいなされているとは思うものの、浅草6丁目の三交製靴まで出向き、試し履きしてその場で購入した黒のラギッドシューズへの愛着は購入からちょうど2年が経った今も薄れることがなく、むしろ「もう買うことができない」という甘酸っぱい気持ちから愛着はより深まっていると言ってよい。

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手もと(足もと)にある三交製靴の革靴は、上記のラギッドシューズの黒と追加で注文した茶、廃業時の在庫セールにて購入した丸善時代の黒のマナスルシューズの計3足。どれもとても気に入っていて、先日も1泊の福岡、日帰りの大阪~名古屋、ふたたび日帰りの名古屋~京都への取材でもラギッドシューズの茶と丸善マナスルシューズが大活躍した。早朝6時半の新幹線で東京を発ち、日付が変わるくらいの時間に自宅へ戻るスケジュールだったが、丸一日履いていても足が痛くなることはなく、安心して足を預けられる感覚はとてもありがたいものだ。サイズが合わないのか、靴自体のつくりが良くないのか、遅い時間に東京へ戻る新幹線の車内ではビジネスマンたちが革靴を脱いでバッドスメルソックスを無自覚にさらす中、私は靴紐を緩めることなく悠然と三交製靴を履いていた。

というわけで、昨日の夕刻、ちょうど2年前に三交製靴を訪れたのと同じくらいの時刻に、浅草6丁目にやってきた。浅草駅から馬道をひたすら「まっつぐ(江戸弁でまっすぐの意)」。気分は、言問橋近くの和菓子屋が舞台のドラマ『東京センチメンタル』である。

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馬道沿いを歩いていると、左手に「洋食 大木」の看板が見えてくる。故・立川談志師匠が愛した洋食屋として知られるが、私はまだ入ったことがない。休憩時間なのか、昼のみの営業なのか、この日も暖簾は扉の内側にしまわれたままだった。

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「浅草六丁目」の表示を確認して馬道から脇へ入ると、稲荷神社の朱の鳥居が見えてくる。

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おりしも2月23、24日は稲荷神社の初午祭の開催日。商売繁盛や開運祈願の祭とのことなので、私もお稲荷さんに手を合わせた。

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ボーン・イン・ザ・アサクサ6st.のラギッドシューズ、2年ぶりの里帰り。ほらごらん稲荷神社だよ。 

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朱の鳥居の真向いに、かつて三交製靴はあった。はたして、今はどうなっているのか、というと…。

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ん?これはマンションなのか? あれ、ほんとにこの場所だったっけ?と思い入口を見ると、確かに三交の社長さんの名が表札に。元・社長は一階に大家として住み、上層部を賃貸しているのか、はたまた二世帯住宅としてファミリーが住むのかは判然としなかったし個人のプライバシーなので詮索すべき話ではないが、なんとなく三交製靴の残り香のようなものが少しでも感じられれば、というこちらの勝手な感傷はあっさりと打ち消された。

まてよ、と思い直す。もしこれがマンションなのだとすれば、ここに住むことも不可能ではないのか。三交製靴の上に住む。大家さんは元・社長だ。ラギッドシューズを履きながら家賃を手渡す。いやいや、どんだけあんたは三交好きなんだよ、と呆れられそうだが、なんとなくこの界隈に住んでみたらどうだろうと想像するだけで胸がざわついた。

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初牛祭の寄進者一覧には田口元・社長の名も。

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街灯がともる時間になり、観音裏を歩く。

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着物を着た芸者さんが歩きスマホで通り過ぎる。空いている時間帯のロッジ赤石(『ドキュメント72時間』でもおなじみ)でエビカツサンドもいいな、と思ったが、それだけで胃袋が満たされ浅草の夜が終了してしまいそうなので、前から気になっていたおでん屋へ行くことに。

外から中の様子が一切見えないのでイチゲンは入りづらいことこの上ないが、近年は面の皮が厚くなったのかどんな場所のどんな店でも臆することなく入る勇気(というのはいささか大袈裟ではあるものの)が備わっているので、平気で引き戸を開ける。いちいち食べログなんて見ない。

ガラリと戸を開けると、5時半の時点でほぼ満席。が、大女将が見張るおでん鍋の正面の特等席が空いている。隣にはご近所とおぼしき妙齢の女性。「ここ、よろしいですか?」とあくまでジェントルに滑り込み、まずは剣菱の燗で落ち着こう。おでん鍋の横の燗付け鍋で、こちらも大女将が目を光らせながら、時計など見ずとも徳利を上げるタイミングを正確にマニピュレートする。推定80代半ばだが、一連の動作に無駄がない。長年染み付いた、これもひとつの職人技か。

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剣菱の燗から、広島の賀茂鶴へ。「ひやでください」と言うと、若いほうの女将が「常温でいいですか?」。「はい常温で。昔はひやって言えば常温でしたけど、最近は冷蔵庫で冷やしたのを言ったりしますからね」「そうなのよ。ひやって言えば昔っから常温なのよ。分かってるわねお客さん」とかなんとか。

おでんと酒二合を片づけた時点で、常連と思しきひとり客が来店。あれ、今日は一杯か、という目をしたので、すかさず「あ、ここもう空きますんで」と席を立つ。「兄ちゃんいいのかい。まだ呑み足りねえんじゃないのかい?」「いえ、おでんと酒二合で丁度いい塩梅で」などと言いながらシュッとお会計。大女将が「あら、いいの?ごめんねえ気ぃ使わして」 大将も「呑み過ぎもいけねえけど呑み足りねえのもいけねえよ」 まあ、イチゲンがカウンターで長居するのも野暮なんで、引き留める言葉は有難く受け取り、「また近くに来たら寄らせてもらいます」と立ち去る。滞在時間、30分。2000円で釣りが来た。

雷門前や仲見世は外国人観光客ばかりだが、当然ながら一歩入れば人々の普通の生活がある。彼ら彼女らの日常の断片にわずかにでも触れる瞬間は、まるで並行世界のような、あり得たかもしれないもうひとつの世界に立っているような不思議な感覚をもたらす。たとえ、よそ者であっても。いや、よそ者であればこそ。ここで生まれ育っていたら自分の人生はどうなっていただろうか。このおでん屋に連日通っていただろうか。そんなことを考えるのは、おそらくセンチメンタルに過ぎる。彼らには彼らの普通の暮らしや営みがあるだけで、外部の人間に「いいなあ」などと目を細められる筋合いはないはずだ。それでも、そうであっても…。


三交製靴を履きながら夕刻から夜にかけての浅草を歩き、家に帰って靴をブラッシングしていたら、靴底に小石が挟まっていることに気がついた。

「おまえ、浅草寺の小石を挟んできやがったな」

おあとがよろしいようで。






※今回の写真は、スクエアの画角はiPhone5C、スタンダードサイズはニコンのミラーレス一眼「ニコン1 J1」で撮影した。スマホになって以降、ミラーレス一眼はすっかり使わなくなってしまったが、こうして見ると、既にローレゾ化した5cのレンズよりもディティールは出る。持ち運ぶことを考えてもスマホに比べて面倒だが、また使ってみようかという気になった。




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# by sakurais3 | 2017-02-24 14:42

ライター・さくらい伸のバッド・チューニングな日々  Twitter saku03_(さくらい伸) お仕事のお問い合わせ等はメールにて sakurais3@excite.co.jp


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